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にわたづみ
2014/04/25(Fri)
夜8時頃から雨が降っていました・・(-.-)ぽつぽつと言う感じでしたが30分位で止んだ

みたいでしたから何の役にも立たずでしたねぇ・・返って湿気が酷くなった気がして初め

て扇風機を天井に向けて一晩点けて寝ました。長袖の上着を洗って雫が垂れない位で部屋

に干しておいたら朝、すっかり乾燥していました・・外に干すことがない・・うふふふふ

☆《西トップ遺跡》保全プロジェクト  <ニョニム参照>

カンボジアでは「すべての道はアンコールに通ず!」とか言われていますがそれ程9世紀

から繁栄を極めたアンコール王朝。

その証としてアンコール・ワットや、バイヨンを始めとする美しく壮大な石造寺院が数多

建立されました。だが、次第に国力は衰退していき1431年にはシャム国(現在のタイ)

にアンコール王朝は略奪されてしまいました!

実はこの王朝末期の時代は遺跡や資料が余りにも少なくて・・(-"-) 殆どが判明されて

いないのです???

その解明に繋がるかも知れないのが〚アンコール遺跡群の1つである《西トップ遺跡》と

呼ばれる小寺院なのです・・(@_@;)アンコール・トムの中央のバイヨンから西に延び

る道を左に入り、鬱蒼とした木々の間を抜けると現れるそうです(未だ行った事がない)

2002年から奈良文化財研究所が調査研究と修復を始め、昨年からは日本人1名とカンボ

ジア人15名で作業にあたっていると言われています。

元来、この寺院は10世紀に建てられたヒンデゥ教寺院が王朝末期に仏教寺院として大きく

改築され今の姿になったと推定されていました。しかし、最近の調査では王朝末期と言う

だけではなく王朝最後の石造建物である可能性が出てきたと言われているのです!

今までアンコール遺跡群の中で最も新しいのは13世紀末に建てられた[マンガラーラタ]

《東トップ遺跡》とされていました。

ところが《西トップ》の遺跡の祠堂の中から[マンガラーラタ]建立時期よりも新しい

14世紀の中国製陶磁器の欠片が出土したのです。この貴重な発見により王朝末期の空白

時代解明への期待が高まっていると言われています。

◎《西トップ遺跡》の周辺には崩落した石のブロックが散乱していてその数約3000。

 1つ1つに番号を割り振り、丸でパズルを組み合わせるように本来あるべき位置を探し

 出し、当時の姿に戻していくのだそうです・・(@_@;)

◎アンコール王朝には(クメール陶器)と呼ばれる質の高い陶器文化があったのですが

 王朝崩壊とともに消えてしまったそうです。

 遺跡から15分の場所に出土品が展示されているようです。

◎《西トップ遺跡》には当時建設に携わった作業員による落書きが沢山見られるそうで

  南塔内側にあり、中に入って見学する事ができます。  他にも象や古クメールの

  文字などの落書きもあるようです。

◎長い内戦のため多くの人材が失われたカンボジアです{遺跡を守る専門家}を育成する

 事も貴重な役割だと言われています。   日本からは高松塚古墳の石室解体をされた

 ベテランの石工さんがその指導をされています。

長年にわたる風雨の影響や内戦の荒廃により遺跡は崩壊の危機に瀕していました。その為

現在は《西トップ遺跡》を構成する3つの祠堂の内、中央塔にスチール製の足場を巡らせて

崩壊を食い止める応急処置とともに修復も行われています。

何とか素晴らしい遺跡が少しでも元の姿に修復されて色々な事が解明できる日が来ることを

近くに住んでいる者として願わずにはいられません。生憎《西トップ遺跡》の見学は未だで

すが近いうちに行けたらと考えています・・(#^.^#)

本当に巨大ですから未だ未だ行っていない場所が多いのが現実です・・(・_・;) ここでも

日本の技術参加があることが嬉しくて書きました。

今朝は猛烈に輝く太陽が周囲に昂然とした姿を見せて丸で睥睨しているかのように立ち開る

様に昇って来たカンボジア・リアップです。
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