徒然なるままに・・・”俳句”
2009/06/30(Tue)
  ランダムにヴェトナムに住んでいた時の日記を書きますね・・・(#^.^#)

  それにしても、今はごく普通に使う(ランダム)って言葉も面白い!

  ご存知だとは思います・・・m(_ _)m  が・・・

  私の知っている限りでは成り行き任せとか、行き当たりばったりが強烈に

  耳底に残っているのですが・・・(無作為)と訳するのが正しいのかも(-_-)

  もう、帰国して6年になるんです。このノートを見ていてびっくりです(@_@;)

     【】その頃は生きていくための意欲が湧出していたなぁーーー【】

  6年前の或る日

  朝5時に起き(これは何時も同じ)手洗いの洗濯を済ませ、5Fにある屋上

  ベランダに干していた。

  未だ暗くて、電気が点灯している中、フォー屋さんとお粥のお店から野菜を

  刻む音が小気味よく単調だがずっと続いている・・・( ^)o(^ )

  「ああ、今日も1日の始まりだ」を実感。下には果物売りの天秤棒を担いだ

  小母さん連が到着し始めている。

  全て事もなく1日の始まりです。2Fに降りてご飯を炊いておき、朝の市場へ

  買い物に出掛ける・・・これが私のいつものパターン。

  だが、今日は遠出するつもり・・・!(^^)!!(^^)!

  どうしても近場の市場でお肉が買えず、しばらくお肉を食していないから。

  なぜなら、近くの市場では真黒の大きい蠅がたかっていて・・・他の物は

  割合、虫が入っていても平気なのだが・・・どうもお肉だけはいけません。

  そんな訳で少し早目に出掛けて買ってきました。

  日本円で130円程でした。重たいほどありました・・・(^◇^)

  ブロックでしか売っていなくて、普通はそのまま購入する。

  もっと遅い時間ならミンチらしきもの[中華包丁]で叩き潰す状態・・・(*_*)

  なども売っているが・・・殆ど私は買わなかった。

  ブロックを水洗いして、これが(水道水が悪い)から飲料水で濯ぎ、それを

  少しずつにカットして冷凍庫に保存していた。

  そんな作業も終わり、朝から肉炒めなど食べ終わった頃、息子が(変圧器)

  を買って持って来てくれた。この国は220Vを使用、日本の電気製品は全て

  使えなく、変圧器が必要なのです。

  凄く嬉しかった・・・(^_-)-☆新しい家に引っ越してきて、TVもビデオも見ること

  が出来ずにいたからだ。 結構大きくて・・・早速取付けて貰い感激(*^^)v

        これで、ビデオが観られるーーーー感謝   <(_ _)>です。

  お昼までの時間が長く・・・書道を今日から始めた。童謡を書こうと思った。

  ところが、あんなに好きだった歌詞がさっぱり出てこなくて・・・(ー_ー)!!

  一瞬、呆けたのかと我が身を疑い・・・慄然とした(>_<)。。。日だった。

  夜にネズミが出てきて、梁の上からくりくりした目で見ているので驚いて

  長いはたきで追い払おうとしたが・・・余り可愛い目だったので止めた。

  多分シャワー室の排水口から来たようだ。

  まあ、こんなことがその日は書いてあり、想像できない生活であった事が

  読んでいて改めて感じたし、そこでの生活がそれが当然で何の不都合も

  なく、暮していた事実。時間がゆったりと流れていた(*^_^*)

  日本では考えられない生活。でも人は順応するし、何もないと考える力や

  創造が豊富になるし、想像力も直観力も鋭角的になる。

  心を動かす感動は毎日有ったから、それらを表現する能力の欠如だけが

  残念ながら私に不足していたことが悔やまれる。

  涵養出来るだけの知力があれば良かったけれど・・・無理でしたね(ーー゛)

  何時も何かを追い求めて追跡していた現状ではあったのですが//////

  心に引っかかるものの正体を正確に掴めずその方法も術も発見できぬまま

  帰国したことは(汗顔の至り)だと今もそう思っています(--〆)

  人生の選択、判断などは何処でどうなるのか見当もつけられないものです。

  結局、なるように流れていくのだろうと思います。が、ここは断定して勇気を

  出さねばならない時期ってあるものです。

  絶えず自己反省しながらの生き方ですが・・・直観力は割合有ってそれほど

  蛇行せずに今迄、生きてこられたことは幸福に値すると思っています( ^^) _U

  残りの時間は解りませんが・・・はははは    ヽ(^o^)丿

      ★今日の俳句5句です★

          ◎遠き日の抒情探すや君影草

          ◎無欲にて喝采浴びしてんとむし

          ◎梅雨空を挙る視界や反抗期

          ◎雨しとど鷺草息を潜めたり

          ◎億劫は老いの毒舌花菖蒲
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徒然なるままに・・・”俳句”
2009/06/29(Mon)
  本当はこう言いたかったのだが・・・書いていると段々と違う方向へ”意味”が

  変わり考えていた事との(差)にがっかりすることがままある・・・!(^^)!

  実際問題として、頭の中で(整理整頓)されていない事由だからだとは理解

  できているのです(^_^;)

  だから、文章にするとどうしても[ずれ]が生じてしまう・・・(;一_一)

  視点がぼやけ、心とは違って綯い交ぜの中途半端な文章になっている。

  「この現象は何?」と自問しつつ、それは判かり切っている事への重複!

  私自身に{知力}が無いことに尽きるのですが・・(ーー゛)断言してしまうと

  次が書きだせない気分が生じて萎えて行ってしまうのです。

  そこで力尽きたと言いますか「終点でーーす」と言われた気になる(T_T)

  明確に「このことが言いたいのだ」と言うことを視点を絞って焦点を当てる

  力量も知識もないから、こんな風になるのだと自戒しているのだが(>_<)

  でも、書くと言うことは(思考すること)に繋がっていると思うし・・・何時か

  自分の裡に奥底にあるやも知れぬ[闇]の部分に到達出来ればいいなぁ

  なーーんて衝動に突き動かされ書いている部分が多分にあります(-"-)

  自分の内面に巣くっているドロドロした物、沈殿している汚濁を探り思索

  出来たら・・・生きてきた道程に少しは自信がつくかも知れません。

  まあ、そんな意味を含め、自分が知っている限りの(言葉)を使って文章を

  書いているのが現状なのです。

  そして、それが願望でもあるのです・・・(#^.^#) 恥ずかしながら・・・(^^ゞ

     ▼一生、そんなことは叶わぬ望みだと思いますが・・・(^◇^)▼

  一定の長さで文章が書けるように簡略や省略ができるようになれば////

  そんなことは土台、最初から無理なのですが・・・もう、1年こうやって毎日

  書いていると不思議なもので・・・大体この位で書き終えねばと言う思いが

  不思議にしてくるのです・・・(-_-メ)

  文章を書くことの難しさなんて素人の私如きが言う言葉ではないのですが

  幸いにも充分すぎる時間が私には有ることが少しは強みになっている?

  そのことがとても有難く思われます・・・_(._.)_

  文章を書いていると”俳句”の推敲にかなり影響します。”俳句”はとにかく

  たった17文字の中に感情移入させる文学です。ただ、風景や感覚だけで

  表現できるものではないのです。

  情操や情緒、粋、その人の人生観、その生き様まで加味され、表現せねば

  ならず何時も言いますが「えらいことを始めてしまった」状態に陥る。

  それでも、推敲している時間は頭の中がフル回転しているようだし(*_*)

  信じて頂けないかも知れないが、私が作句する数は半端ではありません。

  それを大半、いいえ、ほとんどを捨てている現実です・・・(: 一一:)

  頭の中の混濁と戦い取捨選択して行く時間は私の中では心が清浄されて

  行くような錯覚があって・・・いつも文章を書くことと”俳句”は切り離せない

  状態にあります・・・( ^)o(^ )

  それでないと後悔ばかりで前進がない気がして、自己暗示をかけ、必死で

  前を向いて{余生を生きているのだ}と勝手にそう信じていますヽ(^o^)丿

      ★今日の俳句5句です★

         ◎仏壇に数分置きし心太

         ◎梅雨のひま生まれて消えしわだかまり

         ◎遠き日の夢の残骸扶桑花

         ◎楚々とした日差し零すや沖薄暑

         ◎山腹に塗れし色や桐の花
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徒然なるままに・・・”俳句”
2009/06/28(Sun)
   1日の時間は誰にも同じで24時間ですよね・・・(#^.^#) 特別に26時間

   なんていう人はなくこれは等しく同じに思えます。勿論時差もあり、地域

   によって差はあるでしょうが・・・(~_~メ)

   しかし、どうして1日は24時間なのでしょう・・・?

   凄く不思議だと思ったことはありませんか? 一体だれが決めたの?

   こんな難しい問いは私にはさっぱり返答などできない(@_@;)

   こんな事は専門の先生が(本)にでも出しておられるような予感がしますが。

   大本で24時間を3つに区切り、眠る時間、仕事、その他に分けられるように

   思うのですが・・・どうでしょうか?

   無論、その人々に依って、生活リズムがあり朝型、夜型の人もあり、時間

   が全く不足してる人もいる。暇人の私のようにこの流れが自分の体に合致

   して快適な人もいるでしょう・・・( ^)o(^ )

   しかし、時間を上手く遣いこなす事は結構難しくて・・・日々同様には上手く

   いかないのが現実だし、それが当り前で毎日が同じでは変ですもの(>_<)

   何処かで自己満足して「今日は有意義だった」なんて思う日もあったり、又

   反対も有り、解ったような錯覚の中で時間が流出していることも多い。

   残世を考える歳になると、これがかなり重要で大切にしなければならず

   背中まで這い上がって来ている焦燥感に絶えず悩まされている現況を

   把握していたいものなのです!(^^)!

   人、各々バイオリズムがあるし、仕事中心の年代や、育児、生活に翻弄

   されていた時間の中は何も考えずに懸命に生きている・・・(;一_一)

   当然の結果だし、何処の国でも人間である以上生活があり家族がある。

   その時代は時間の遣い方は生活の流れ、そのものが全て[時間]だった。

   だが、実際に仕事もしなくなり・・・全てを自分のためにだけの時間が授与

   されると・・・かなり考えるものです・・・(ー_ー)!!

   特に愚鈍な私などはどうやって時間を殺すかを真剣に考えた時期があり

   心を遺して先立った人の分までは頑張ろう・・・が第一目標だった。

   しかしながら、その年齢を過ぎると、突然に立ち止まり、オタオタしている

   自分を客観視する自分が既視されていたのです・・・(ーー゛)

   さて、これからの余生はどう生きたらいいのかを思う時間に変わった。

   そこには、残存時間の貴重性と喜びと共に、苦痛もある事に遅蒔きながら

   気が付き{本当に上手に時間を遣うことはどういうことなのか?}

   そこからの出発でした・・・(-"-)

   絶えず、試行錯誤を繰り返し、それを咀嚼し、物事を理解してこそ初めて

   良い時間の遣い方が見えるのではないかしら?

   {そのことが納得できるのに大切な時間を費やした(^_^;)}ものです。

   時間は様々な形があって然るべきで、これといった正解はないが(-_-メ)

   きっと、多忙な生活の中で振り回されていた時間からの解放があった為

   こんなことを思案することになったのでしょう・・・(*^_^*)

   どんな生き方をしても大河の塵のように流され、跡形もないのが現実だと

   正直、事実上は了解しているのですが・・・( 一一:)

   何なのでしょうかねぇ・・・この歳になって見えてきたものが多いのは(・_・;)

   多分に、私は(自分自身を問うための時間を探索しているのではないか)

   と思われるのですが・・・(ーー゛)

      ★今日の俳句5句です★

         ◎梅雨休み煌く日差し決意あり

         ◎青岬揺れし地球の目覚めかな

         ◎喝采は消えゆきしもの木下闇

         ◎繰り言のするりと抜けし山法師

         ◎晩鐘を宙に畳むや紅蜀葵

     ◆この俳句は固有の作です。他への掲載はお断りいたします。
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徒然なるままに・・・”俳句”
2009/06/27(Sat)
  毎日同じような時間に、同様な話を書くこの小母さんの神経やいかに?

  なあんて思われているかも知れませんし、よっぽど「あんたがうざい!」

  って感じておられるやも知れませんが・・・(;一_一)

  まあ、恰好よく言えば生真面目だし、粘着性の(執拗性格だろう)と判断

  していますが・・・どうでしょうか?!(^^)!!(^^)!

  さて、今日は理解出来ないことが多いこの世に在りながらも、この歳でも

  まして2人の子供を育てた経験があるのにです・・・(ーー゛)最近どうしても

  解らないことに、近頃の若い母親は子供を本当によく泣かせることです。

  大昔です。私が子育てしたのは。時代も違うし、世相感も違い、感性さえ

  異なっているのは仕方ないにしても・・・(~_~メ)

  この近辺のMSでは子供のそれは信じられないほど、泣き声が聞こえる。

  それも、毎日時間に関係なく・・・だ。(--〆)

  母親は放ったらかしている様子みたいだし・・・実際を見たことがないので

  断言はできないが1時間でも平然と泣かせ、泣き声は止まない・・・(>_<)

  最初はそのことが酷く気になって仕方なかった・・・<`ヘ´>

  でも、時折、母親の猛烈な罵声が飛ぶのを聞き解っていて泣かせている

  様子を知った・・・(T_T) 「なぜ?どうしてそうやって泣かせて平気なの?」

  さっぱり見当がつかない。側で泣いている姿には理由がある筈だと思う。

  泣き止むまで放置しておくのだろうと・・・(・_・;)この頃は思っているが。

  近所迷惑や人のことなどは何も考えていないのかと、小母さんは思う訳で

  あんなに、泣かせたら、神経にも障るし、性格も変わるように思えて(^_^;)

  子供が可哀想でならない。スーパーでも本当に思いきり泣いている子供の

  母親は知らん顔している。他人事ながら、気になることはしばしばある。

  「泣き声が何を要求しているのか?」を理解しようとはしていないみたい。

  そのことが私には納得できないのだ・・・<(`^´)>

  確かに、今とは違うと言われたら一言もない。

  私には孫も居ないし、現在の子育てには疎く、無知だけれど・・・m(_ _)m

  子供が大好きな人だから・・・(#^.^#)泣いている姿には胸が痛い。

  つい気になるのです。余計なお世話だと思うが・・・でも、公共の場所でも

  母親が泣いている子供を「うるさい!」と思いきり叩いている場面に何度か

  出会って・・・びっくりしたこともある(@_@;)

  矢張り、社会秩序と言いますか?公の場所で手を上げるのはちょっと見て

  いても嫌なものだから・・・(-_-メ)

  {子育ても結婚生活も忍耐が何より必要}と思われる。怒りの蓄積が子供

  に矛先が行くのは見苦しいし、哀しみが増える想いがある・・・(ー_ー)!!

  無神経な言動は色々なことに影響を与え、子供自身も委縮する気がする。

  勿論、私だってその時の気分で子供を叱責したり怒った経験は沢山ある。

  それでも、寝ている姿を見ると猛烈な反省が湧きあがるものです <(_ _)>

  母親とはそう言うものだと思っていたし、私自身は母親から遠く離れていて

  子育ては殆ど一人だったし年子だったから・・・しんどかった(^_^;)

  主人は以前にも言いましたが新聞関係で家には大抵留守でいなかった。

  だから、母子家庭と同様の生活だったから、留守の間に怪我や病気だけは

  させられないことが念頭から離れない日々だった・・・(~_~メ)

  全責任が重く圧し掛かり、札幌という見知らぬ厳しい冬の生活は辛かった。

  それでも、精一杯育てていたし、泣かせることや駄々をこねて困らせられた

  記憶はなく・・・若い母親で知識もなかったが、思う通り自由に育ってくれた。

  その意味では(子供に育てられた親)でしたヽ(^o^)丿//////////

  今は本当に子育てには大変な時代なのでしょう・・・(;一_一)

  でも、相手に不快な思いや人間としての含羞や公共での節度は何時の

  時代も必要ではないかと思うのですが・・・いかがでしょうか?

  {子供が理解出来ない時に叱るのは寝た子を起こすことでは・・・?}

  しかし、ここは怒らねばならない時は勇気を持って叱るべきだと思う。

  だが、子供は分身だし、憎い筈がないと思うのは甘いのかも知れない。

  こんな、激流の中での子育ては難しく、苛立ち、怒鳴り、泣かせる親を

  責めることは気の毒なのかも知れませんが・・・(>_<)。。。

  今はご主人も結構手伝っている姿を見るけれど・・・駄目なのかしら?

  「何も分からないのに偉そうなこと言うな」と言われそうですが・・・(-"-)

  子離れも上手でなかった母親としては言えない話だったかも・・・(#^.^#)

  ちょっと、心が疼いたもので・・・_(._.)_ ご勘弁願います。

     ★今日の俳句5句です★

        ◎麦秋の風求めゆく空低し

        ◎蒸し暑く余熱吐き出す夜の風

        ◎定まらぬ世は助走して梅雨激し

        ◎十薬は重い地球の徒労なり

        ◎球形の白磁の器夏椿
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徒然なるままに・・・”俳句”
2009/06/26(Fri)
  先日、電車に乗ったら、まあ、大方の人が携帯メールをしていた・・・!(^^)!

  そんなに皆は用事があるのだろうかと・・・不思議な光景に唖然とした。

  少し前までは(本)を読んでいる人が多くて(^.^)私自身も本好きだし、特別

  の感情も湧かずそれが当然のように座席に座っていたものでした。

  だが、今はどうでしょうか? 座ると同時に、いいえ立っていてもメールを

  していますね・・・(;一_一)  {凄く不可思議な景観です}(▼^o^▼)

  だって、乗車した途端、電子音が鳴り響き・・・どこもかしこもメールしてる。

  確かにすごく便利だし、無いと不便になって来ているのは現実問題として

  こんな小母さんでも理解は出来る。

  私だって殆どはTELと息子と娘だけのメールしか出来ないが持っている。

  正確には持たされているのが現状・・・(>_<)何せ一人暮らしの理由から。

  電話が好きではないし、そこまで追い掛けられて連絡されることに抵抗が

  ある・・・(~_~メ) どうも昔人間でして・・・うざく感じる(ーー゛)

  まるで、背中から大波が押し寄せてくるように、時間に急かされて生きて

  いる感覚が拭えないからです(-_-:)

  道を歩いてても携帯を使用している人が多い。時々立ち止まりメールして

  いるのは大凡、中年以上の人であり、若者たちは歩きながらでも平気だ。

  自転車に乗っていても使用しているし、寝ている時間以外は絶えず手元に

  置いているようで(>_<)そこまでの必需品になった事は驚愕の思いだ。

  {決して、批判しているのではない。だが、風波の民を感じるのです(-_-;)}

  生意気言えるほど物は知らなく、ましてや、現代のこの流れにさえ連いて

  行けない私ですから・・・(@_@。こんなこと書く事さえ非常識だと思います。

  しかし、人生のあらゆることは文明や文化の進歩によって多様化されては

  次々と答えの見つからない不思議世界へと跳躍しています。

  答えを追い求めようとしても見出す能力もないままに残存部分へ遮断され

  人間が本来持っている純粋さや誠実さが皆目、閉鎖され、隔離病棟へと

  移動させられていく感覚があります・・・(ー_ー)!!

  それは背中に老いを背負っている事由でもあり、表裏一体に(死)の影を

  絶えず見ているからかも知れません。寂しさの中の現実であり真実です。

  何時だって、現実の中で(生と死の交錯]があって・・・踏み出せばそこに

  その先に(死)が見えている生活だからです(-"-)

  私は戦争の体験もなく全く無知です。経験も全くなく知らない・・・<(_ _)>

  けれど、この大きな流れの波はスピードも速く{襲撃されるような錯覚}を

  日々循環している如く、感覚的に暮らしている気分なのです。

  ((多分に人間は渦中にある時はその姿が何なのか何も見えていない))

  のだと思いますし、そう言う私自身何一つも理解されていません!(^^)!

  でも、ヴェトナムの発展途上に居た時に感じたあの凄いエネルギーとあの

  頃の若者達のパワーは怒濤のように国を押し流していた・・・ヽ(^o^)丿

  それを肌で毎日感じていた。そこには明日が必ず有った気がしていた。

  力強く生きている感覚が全身から漲っていた思いがしていました(*^^)v

  そこには{幸せや出世ではなく金持ちでもなく、家族が無事息災で世の中

  を変えようとする動きが確実に有った}のです。

  でも、今はかなり変化してきているようで、これも文明文化の発展の弊害が

  この国にもひしひしと迫って来ていると言われています・・・(;一_一;)

  時の流れとは、こんな風に変遷して行くもので(栄枯盛衰の繰り返し)が継続

  されるものなのでしょうか・・・(@_@;)

  何だか、心細く寂寞感に打ちのめされそうな嫌な世情を感じます(ーー゛)

     ★今日の俳句5句です★

        ◎清々と風にぶつかるつばくらめ

        ◎夏めきて記憶の底の浜辺かな

        ◎視界もう十分にあり夾竹桃

        ◎戸惑いは一蹴されて梅雨の闇

        ◎人の非は意識の中や梅雨晴間
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徒然なるままに・・・”俳句”
2009/06/25(Thu)
  今、思うと脇の下から汗が滲み出るほどの恥ずかしい感覚ですが・・・(・_・;)

  ずっと、若いころから外国語が好きでした。だから、英語は勿論、仏語、西語

  (スペイン語)を習った経験がある・・・(;一_一)

  けれども、何1つとして現在は話すことが出来ない・・・全く中途半端な状態で

  あの時の情熱は何だったのか?と思わずにはいられない( 一一:)

  そんな母親だったので、子供にも勉強は煩く言わなかった気がしていたが・・

  外国語は早くから習わせたいと思い家庭教師をつけた記憶がある。

  娘は中学入学時は英語が抜群だった。しかし、それが徒になった・・・!(^^)!

  途中から全く駄目になり・・今では見るのも嫌だと言われる始末です。

  その意味では無恥で、身勝手な親だったと反省している・・・<(_ _)>

  子育ての頃は稽古事が盛んでした。塾も、エレクト-ン、バレエなどもあり

  娘にはバレエも習わせた(これも私の趣味、自分がしていた)それらも全て

  興味を持たなかった・・・(~_~メ) 彼女の才能が何か見当もつけられず////

  ずっと後になり娘が「人に物を教えて貰うことは大嫌いなの」と聞かされて

  茫然とした記憶がある・・・(ー_ー)!!

  それは「申し訳なかった」と今でもそう思っている。子供の情操教育なんて

  本当に難しく、迂闊なことで押しつけられないと思ったものです・・・(-_-;)

  息子の方は少しは興味があったのかも。フランスの大学へ行ったのだから

  それも、正直なところ(本心は理解していない)のだけれど・・・(-_-メ)
  
  まあ、母国語さえ、正確に綺麗に話せないのに、外国語なんてと思う事が

  可笑しいのであって、そんな大事な時期はしっかりと日本語を教えるべき。

  今はそう思っている。でも、その頃の風潮や世の流れに感化されいい格好

  していたのだと厚顔の至りです・・・!(^^)!!(^^)!

  そして、思いきり失敗した例でもあります・・・m(_ _)m

  そのころの話です。余り強烈なので、以前にも書いたかも知れません。

  ちょうど、私自身が仏語の学校へ何年間か通っていた時、息子の学校の

  様子を見に一人で出かけたフランス旅の途中でした。

  デパートで買い物をしていたら、アメリカ人が店員と喧嘩をしている場面に

  出くわした・・・(~_~メ) レジの前だったので、並んでいた。

  ここが日本なら、主任か、マネージャーが出て来るところ。そのアメリカ人も

  「責任者を呼べ」と怒鳴っていた・・・しかし、さすがフランス人です。

  母国語に並々ならぬプライドを持っています。仏語に対する見識は想像を

  絶するほどの高い誇りを持ち自負さえ持っている国柄です・・・(#^.^#)

  フランスに来るなら仏語位話せるのは当然だと思っている人達です。

  まして、英語には嫌悪感さえ感じていた時代で{凄く嫌っていた時期です}

  店員は全く相手にしなかった。見事なまでの無視を貫いた感じだった。

  周囲も誰一人として口は出さないし見ても知らぬふりだった。

  このように母国語は物凄く大切で、フランスでは幼い頃から国語の時間は

  自分の言葉で主張する時間が大幅にあって、きちんと仏語を話せることが

  教育だとされていたようです。 そんなことは、後日先生から教わったこと。

  図々しい私は覚えたての仏語で「エキス、キューズモア・・・マダム」なんて

  行こうとする店員に話しかけたんです・・・(-"-) ”今思うと羞恥心いっぱい”

  すると(パァッ)とにこやかな笑顔で私を振り返り「ウィ、マダム」と言ったの。

  もう、その、変わり身の早さと自己確立された仕事ぶりに圧倒された(@_@。

  このように、偶々私は少しだけ話せた(その頃は)ので、買い物もできたし

  不都合は何もなかったが・・・(--〆)

  しかし、あのアメリカ人の心中はいかばかりだったかと・・・<`ヘ´>

  これが私だったら・・・「どうしたかしら?」などを考えていた(ーー゛)

  {言葉は本当に難しく、何時も思うのだが自国の言葉も正確に話せない}

  現実なのに・・・(-"-)

  あの頃の私は少し舞い上がり{本当に言葉の意味も大切さも誇りもなくて}

  今考えると冷や汗が出る思いの出来事でした・・・(・_・;)(・_・;)

  その時出会った店員のプライド、母国語に対する愛情や意識の高さを見て

  沢山のことを考える時間が有ったこと事実として残っている・・(*^^)v

  又、自分が外国に住んで日本語に渇望していた時間を思い出し(母国語)

  の大切さを、また、守らねばならないことをかなりの頻度で考慮した。

  遅まきながら・・・日本語に対して精一杯の語彙を使いたいと絶えず思うし

  こんなに、情感、情緒の溢れる言葉の多い国はないことを知り、一層深く

  愛おしく、言葉に対する心入れが変化しました・・・(#^.^#)

  今は何語もほとんど理解不能だし、脳裏の片隅にも残っていないけれど

  先ず、日本語の美しさに気ずけたことだけでも良かったと思っています。

  多分、生半可ないい格好つけていた時代の遺物として、現在が見える事

  有難く感謝しているし、恥ずかしい経験があって見えたことだから/////

  今に至ったことでもあるのです・・・(T_T)

        ★今日の俳句5句です★

           ◎梅雨晴間旧き城址の風騒ぐ

           ◎思い出は老後を増やす心太

           ◎短夜や四方に闇裂く流れあり

           ◎ひたすらに記憶探すや単衣帯

           ◎老い生きて心降る雨松の花
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徒然なるままに・・・”俳句”
2009/06/24(Wed)
  朝、何でもなく起きれて、普通に動き回る生活がどんなに凄いことなのか

  時々、ふっと考える日がある・・・(-"-)

  {当たり前に寝て、当然のように朝が来る幸せ}を最近は歳と共に感じて

  有難く、生かされている喜びを思わずにはいられない・・・(#^.^#)

  若い頃はそんなこと範疇にもなくて、起きれなくなること、眠れない事など

  考える余裕さえ無かった・・・!(^^)!

  それだけ生命力が活発に動き、流れていたせいだろうと思う。そんな暇が

  無かったのも事実です。 しかし、最近、眠る時「今夜は熟睡できるかな」

  と思うし、「明日、ちゃんと目覚めるかな」なんて思う日があるんです(>_<)

  {人間の価値は生きていることだ}とようやく理解出来た気分でして/////

  生きている事に大きな意味があって、存在そのものが{人間の価値}なのだ

  と思うのですが・・・(~_~メ) この日は少し違った気持ちがしたのです(ーー゛)

  この世に生きているだけでも、物凄いエネルギーが必要だし、毎日同様の

  生活ができる喜びは大変なことなんだと・・・(^.^)つい最近になって知った

  有様で、恥ずかしながら・・・足元が何も見えていなかった現状です(-_-)

  森羅万象すべてに生命があり、それらの命を授かりながら、生かされて

  いることを、見落としている自分に驚愕したり・・・(ー_ー)!!

  その生命力は何処から授受されているのかを考えた時間があったの?

  そんなことを偶に思う日々になってきた(@_@;)

  きっと、老いることの前兆条件が揃いだしてきた印だろうと確信している。

  昨日は久しぶりに病院が混んでいて・・・1時間以上待った・・・(;一_一)

  まあ、何とか座る場所を見つけ、相変わらずノートを出し”俳句”の推敲を

  していた。1人呼ばれて席が空いた所に老夫婦がきた。小柄で手を握り

  (もしかしたら認知症の方か)と思った。私が立つつもりでノートを片ずけ

  だしたら、男性が「ちょっと座れればいいんだ」と言われ、行動を制止。

  私は大きなお尻を動かして少し場所を空けた。そこにちょこんと2人が座り

  大声で話しだした・・・前記したように老夫婦だと思ったし認知症の人だと

  思い込んでいたもので、気にも留めずにノートに書き込んでいた。

  声が大きいので、話の内容が嫌でも入ってくる・・・(--〆) 

  聞き耳立ててた訳ではないがどうも話の内容が夫婦ではなくて、女性が

  甘えている様子・・・私よりかもかなり年上の女性だと思った・・・!(^^)!

  男性が迎えに来るから「ここで待っていて欲しい」と説得している様子。

  だが、女性は「帰り道が解らないから嫌だ!」言ってる。どう聞いても普通の

  会話で記憶が抜けている症状ではない。それこそ「なあんだ!」と思った。

  私のように独り者で、まして(甘える感覚が薄い人間)には不愉快で気分が

  悪く不快感がいっぱいになっていた・・・<(`^´)>

  日本人感覚で老人がそんな雰囲気を人前で見せる事に抵抗感があり(・_・;)

  本当に狭量な人間だと思ったが、そんなことどうでもいいことだと思ったが

  だが酷く嫌な気持ちが拭えなかった・・・( 一一)

  その内に男性が呼ばれて行き、私に向かってその老女性が話しかけてきた。

  「あんた、旦那さんは?」「20年前に亡くなりました」と返事。

  「気の毒やな・・・でも、男なんてなんぼでもいるで」と言われた。鳥肌が立ち

  その場を逃げた・・・(@_@;)

  滅茶苦茶腹が立ったのと、その男性がいない時の様子の違いに仰天した。

    ▼もう、何をか況やの心境だった。束の間の妄憂の時間だった▼

  人間には陰と陽があるとは思うが生きている現実からの逃避を願望したい

  感情の一瞬だった。心のキャパが少なく受容出来ない人だと言われるかも

  知れません・・・!(^^)!!(^^)!  それでもどうしても我慢できなかった。

  理解を超えていたのが本音でした・・・(;一_一) 私って「変人なのかなぁ?」

  「自意識過剰では?」って言われそうですね・・・はははは ヽ(^o^)丿

      ★今日の俳句5句です★

         ◎衣ずれの音偲びおり蒸し暑し

         ◎足らざるは軽き言葉よ忘草

         ◎見失う背中のあたり早苗月

         ◎梅雨晴れて夕日飲み干す水平線

         ◎人体の冷えて浜木綿残される
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徒然なるままに・・・”俳句”
2009/06/23(Tue)
   土砂降りの雨の中(本当に雨女)をPC教室へ出かけた・・・(;一_一)

   運よく、無料の教室案内に当選して・・・もっとも私宛にきたのではなくて

   娘のPCにきたのを、そっちから申し込んだら当たったのですが・・・!(^^)!

   デジカメを取り入れて(ハガキ)を作るという勉強だった。

   今は、どのブログを見ても、写真のないブログを探した方が早い位です。

   私自身、興味津々が半分と自分の気持ち的には文章だけに拘りたいが

   有ったのですが・・・折角の機会だと思い出かけた・・・(#^.^#)

   所が、どんな教室へ行っても思うことだが、大抵の人は出来るのです。

   それを{確信するだけ}に来ているのだと今回もそう思った・・・私などは

   全く初めてで・・・言われるままにするから、少しずつ遅れ気味で、理解

   出来ている人には退屈だっただろうと思う・・・(-"-)

   それに、ちょっと分からないところがという男性が2人居て、それが解る

   と帰ってしまった。近くの家電店や、知っている人、PCで聞いたらどう?

   なんて感じがしたが・・・<`ヘ´>

   それに、私が大昔PCを習った頃に比べて[何時頃の話だ?]と言われ

   そうだが・・・(ー_ー)!!まあ、その手順なんてびっくりヽ(^o^)丿

   余りにも私が知らな過ぎるのかも知れませんが・・・全て、ソフトも内蔵

   され、準備がされていた。先生のPCに接続されていて、間違っても先生

   の手元で直せる様子だった・・・(ーー゛)

   まあ、狭い教室の中だし、手を上げると来てくれたが・・・(~_~メ)

   ただ、マウスでクリックするだけの状態で、余計なことをしなければ完璧で

   問題なく出来上がるシステムになっていた・・・(@_@;)

   中途半端に触れることが好きな私はいい加減にあちこちをいじって時間を

   無駄にしていた・・・m(_ _)m

   もともと面白くて仕方ないおもちゃ的感覚のPCだから・・・特に最近のPCは

   滅多な事でもない限り、いかようにも対応できるようになっている・・・(*_*)

   修復も可能だし、時間を忘れて遊んでしまう部分がある。

   結局、余計なことをして迷惑をかけ、先生へのプリンターの接続が最後に

   なり時間オーバーをした。まあ、私だけではなかったが・・・(^_^;)

   私同様に出来ない人が男性で居たので・・・安心したが。早い人は既に

   帰ってしまっていたのにはびっくり・・・(>_<)

   出来上がりのプリントされた(ハガキ)は自分の好みで(作成?)した・・・

   ただ、クリックしていただけだが/////まあ、お土産品として持ち帰った。

   家に戻りもう一度したいと思っても、ソフトがないし、プリンターもない現実

   にがっかり・・・( 一一:) だったが。

   今度、娘の家に行って作らせてもらうより仕方ない。特別プリンターを買う

   予定もなかったし・・・今迄、娘に依頼していて不便など感じなかった。

   でも、まあ、良い時間が過せたたことは有難く感謝・・・<(_ _)>している。

   ”俳句”の教室でも感じたし、”書道”も”華道”も殆どが経験者の集合で

   全くの初心者には時折、苦痛を覚える時間になることを経営者や主催者

   は考慮して欲しいと思わずにはいられない。

   {誰でも、全く初めての時間はあるのだから・・・}そんなことを考えながら

   (出来ない言い訳)を思考しつつ電車に飛び乗った次第です。

   雨は熄んでいて・・・雨傘が日傘の代わりをする初老小母さんの羞恥心の

   ない半日でした。雨傘はすっかり乾いておりました・・・「はい!」(^◇^)

       ★今日の俳句5句です★

          ◎失せ物は蜘蛛の網中嘘幾つ

          ◎短か世の本音聞きおり明け易し

          ◎さみだるる風の重さを踏み出せり

          ◎行き交いてこの世嘆きし鉄線花

          ◎現身の日を踏み外す梅雨激し
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徒然なるままに・・・”俳句”
2009/06/21(Sun)
  明日、早く出かけなければならず・・・何時もの時間に書けないのです。

  この話を書くのは激しい心の動揺があり、心が疼くのです・・・(;一_一)

  少し前のことです。JRに乗っているとある駅からベビーカーをそれも割と

  大型の車で4,5人が乗ってきた。

  多分、上の子供のお迎えだったのだろうと思うが・・・一様に2人の子供が

  いて全員が座った。そして座った座席の前にベビーカーを並べたのです。

        もう、びっくり仰天しました・・・(@_@;)

  {どれだけ場所を取るか想像できますか?}

  子供も同じように母親の横に子供同士で座って、ゲーム・ソフトを始めた。

  その、電子音の煩いこと、母親のお喋りの品のなさに慄然としました。

  止まる駅ごとに乗り降りがあるのだが、邪魔になってることさえ・・・

  知らぬ振りで、夢中で喋っていました。ベビーカーの子供には食べ物が

  与えられて・・・あちこちを汚していたが注意などするわけもなく・・・(~_~メ)

  もう、呆然と言った感じでした・・・<(`^´)>

  「子供を持つことってそんなに偉いのかな?」「母親だから当然なの?」

  私自身、心の中で何度も声をかけて、注意をしたいと思った・・・(;一_一)

  しかし、その勇気がだせなかったのです(--〆)

  それが出来なかったものだから、忸怩たる思いがあって、心が疼くのです。

  {もっと、謙虚であるべきではないかしら?}{全員が子供好きではない}

  {子供が欲しくても産めない女性もいる筈}{母親はそれ程大変なこと?}

  沢山の疑問と、当然のように並んだベビーカーを見ながら考えていた。

  兎に角(母親という看板の上に当然の権利のように)ずらりと公共の電車を

  占領する車を見ながら、避けて通る人に挨拶もなかった・・・(-"-)

  誰一人関わり合いたくない気持ちが出ていて・・・私自身も入れて凄く嫌な

  時間を過した・・・(>_<)。。。 5つ目の駅で食事でもすることになったらしくて

  全員が降りた・・・がらんとなった座席が嘘の様に静寂さを取り戻した(#^.^#)

  本当に20代から30代の母親らしかった。  余り生意気は言えない(・_・;)

  私自身何一つ声が出せなかったのだから。凄く恥ずかしくて、辛い感情の

  日になったことは事実です。

  多分、もう少し若かったら、注意ぐらいはしたかも?でも、結局は何も言えず

  だった・・・そのことがずっと、尾を引いている。

  あんな状況を目にしたら矢張り言わねばならないのだろうと思う。

  また、もう母親なのだから、迷惑をかけることへの配慮は当然知っている筈。

  そんなことを考えていて・・・言葉が出せなかったし勇気もだせなかった(・_・;)

  それが凄く惨めで情けないと今でも思っている(ー_ー)!!

  こんな世の中。どんな親に育てられたのかと背後が見え隠れするもので・・・

  エクスキューズにしかならないが・・・ちょっとばかり嫌な経験をした。

  {こんな時どうすればよかったのだろうか?}

  {こんな無礼な行儀作法や常識のない人に何を言えばよかった?}

  恥ずかしながら・・・言葉が見つからなかった・・・<`ヘ´>

  自分の力のなさ、現在の想像以上の人間の荒廃になす術もなかった事。

  口惜しく、惨敗の胸中でした・・・( 一一:)

  何処かで現実からの逃避があったことに引け目を感じてるし、自分を卑下も

  していて、理屈ではいえないものがのさばってしまった感覚があります!(^^)!

  大きな課題を残したまま・・・時間が過ぎてしまいました・・・(-_-)

  とっても恥ずかしい心境です(T_T)/~~~

       ★今日の俳句5句です★

          ◎仮の世の紫陽花の房垂れており

          ◎また一つ去り惜しみつつ夏燕

          ◎水音の通過の速さ香魚かな

          ◎晩節を守る一徹浜昼顔

          ◎ポピー散り後の半生狂いたし
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徒然なるままに・・・”俳句”
2009/06/21(Sun)
  私の背中には2本の太い軌道があり、1本は両親、もう1本は亡夫です。

  つい数年前まではそれが酷く重い荷物でした・・・(;一_一)

  どうしてもクロスする部分が多く、自分の感情を持て余し、2本の軌道が

  何処まで続いて行くのかを嫌悪感で見ていた時代も有りました。

  「仕方がない」という感覚ではなく、そこを思い出し、過る感情が自分裡で

  処理不可能な部分が多かったのです・・・(ー_ー)!!

  何時だって[涙君]の世話になっていたし、涙で辺りが霞むような状況が

  何年もありました・・・(-"-) でも、何時の頃か定かではなくその軌道が

  {クロスからパラレル}へと変化していることに気がつきました。

  そして、そのころから[涙君]の出演場面が少なくなって行った気がする。

  絶えず{涙腺と仲良しだった}ことがまるで嘘のようになり、背景の軌道は

  確実に{パラレル状態}で継続して行っています現在も・・・( ^)o(^ )

  そんな姿を眺めるまで(自分の中が整理されたのだ)と一種の感慨が胸を

  塞ぎますが・・・!(^^)!それは自分にとっては前進であり[涙君]との再会は

  もう、殆ど無いだろうと思っています。

  心が離れるとはこういうことかも知れませんし「人は忘れるもの」と思った。

  だが、泣ける内がよかったのかも知れず、理由なく涙していたあの頃には

  再び戻らない感情も又、勝手ながら{哀惜の情の希薄さ}に少し動揺して

  いる様相も本心にあるのです・・・(-"-)

  矢張り「遺された者が大事で生きていかねばならないのだ」と・・・(#^.^#)

  当然のように思う感覚もまた物哀しい気持ちです・・・( ;一一;)

  子供達から期せずして同様なことを言われたあの日を再度思い出す。

  「自分の人生だよ。もっと、ゆっくりと残りの時間を過したらどう?」

  凄く嬉しかったし有難く、心が吹っ切れた感じがしたものです m(_ _)m

  ただ、そう単純ではない私自身の性格と言いますか・・・どうも簡単には

  できなくて、相変わらず(うざく、神経質で、頑固な言動は完治出来ず)

  後ろが{パラレル}になった分だけ余計巨大化した生活が毎日のように

  流動している気がします・・・「何のこっちゃ!」です・・・ヽ(^o^)丿

  一生治らず背負って行かねばならないのでしょう・・・当然ながら(>_<)

  人生って厄介なことが多すぎる。その連続だと言っても過言では無い。

  あの一瞬から全てが断ち切られ、関係が切断された時間[重すぎた]

  死を受け入れ、初めて次が見えることを知らされた現実は辛かった。

  自分の心とは余りにも程遠い所で現実化する訳で、経験のない事実。

  これは受諾するより前途が見いだせず、皆目見えないから・・・(・_・;)

  記憶は時に意志とは関係なく唐突に出現するし、登場する。

  時には鮮やかにカラーで再現する日も有ったりして結構心にダメージ

  を植えつける。 そんな時は、突然過ぎてその回帰性や追憶の心情に

  「待った!」をかける余裕すらない・・・(ーー゛)

  それでも、人は「忘れること」が出来るのですね。寂しいがそれが現実。

  人智には到底及ばない力の働きによって・・・過去世は日々疎く、価値も

  希薄になっていくのでしょうねぇ//////

  自分を検証しても何も生まれない事象におたおたしていますがそれもまた

  真実なのだと言い聞かせています・・・(△^o^△)

      ★今日の俳句5句です★

         ◎思慕の情未だ鎮火せずさくらんぼ

         ◎歳月を戻す振動額の花

         ◎かりそめに風分けて行く椎若葉
       
         ◎意のままに万緑の雨はみ出すや

         ◎記憶剥ぐ過ぎ去りし夜の桐の花


    ◆この俳句は固有の作です、他への掲載はお断り致します。
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徒然なるままに・・・”俳句”
2009/06/20(Sat)
  現代は本当に一寸先も見えなく、また、想像も出来ない世の中になった。

  そのことをとても寂しく、悲しく思う日々です・・・(;一_一)

  昔は人生に対し、目標や目的の様なものが漠然とあってそれに手探りで
 
  求めていた記憶があり、先が見えなくても今日ほどの不安感はなかった。

  今はどうでしょう・・・何が起こるか何が出現するか、消滅するかなど、全く

  予想もつかず、自己の考えの範疇にさえも引っかからない・・・(-"-)

  豊かさの中の経験もあり貧しさも両方を体験している私には、この複雑な

  人間の屈折した心理状態が正直、理解出来ないのが現状です(ーー゛)

  貧しさの中にいると魂が活気して頑張る気力が湧きだし、人間本来の心

  が活き活きする気がします・・・( ^)o(^ )

  反面、裕福な生活の中にいると寂寥感が加速され、見えるものが見えず

  の心境になっていく事実に震撼とさせられるものです・・・(--〆)

  豊かさの中の(孤独)は切実感があって本当に辛いものです・・・(ー_ー)!!

  個々の心中に受ける(ストレス)が現代病をつくり、不安を煽り、息苦しさを

  培養させていきます。

  これには切りがなく、徐々に倍加されている様子がありありと見えます。

  本来、人間が持っていた強い意志や気力等は持続出来なくて埋没状態に

  なってきているように思われますが・・・!(^^)!!(^^)!

  人間が生きていく上で必要なものはそう多くはない事を、私自身もこの歳に

  なって自覚している有様ですから・・・生意気は言えませんが、もう少しだけ

  毎日の生活を大事に生きられたらと思わずにはいられません・・・(#^.^#)

  尤も、人間は不公平に生まれ不条理な世の中で生きている現実を見ると///

  何処かで「仕方ないかなぁ」って部分もありますが・・・(・_・;)

  人生は思う通りに行かないことに、迅速に感知した分・・・個人の意志、努力

  を越えた力が働き(運?)と言えばいいのか解らないが、何かの大きな卓越

  した力に左右されて生かされる気がするんですが。

  それは信仰かも知れないし、本人の持っている能力かも知れませんが(^_^;)

  (運命)かも知れないし、本人の忍耐力かも・・・(@_@;)

  本音のところは何1つ答えが出ていないのが事実です。

  運命論者でも信仰心もない人ですが、この歳まで生きていると沢山の事を

  体験するものです。

  泥水に浸ったり、思いがけない褒美を貰う機会があったりして、世の中案外

  捨てたものではない等と思う日々もあるし、その反対で悪いことが多いのも

  現実問題としてあるのです。

  しかし、現代はそんなごく些細なことにも断定は出来ないし、自信が持てず

  些少なことで生命力が支えられている感覚さえ見いだせずいる状況です。

  もっと、貧しかった生活の中では違った満足感が広がって子供を育てる幸せ

  や与えられた真実に真正直に向き合って生きていた感覚があります(*^_^*)

  何も批判したり批評など出来る立場に居ないので生半可な言葉を綴るのは

  心が締め付けられるほど切ない気持で恥ずかしいのですが・・・(-_-メ)

  でも、何か、目には見えない大きな渦中に嵌り込んでいる現象がしてならず

  [死]に対しての焦燥感に苛まれる日常となって来ているのは私だけ?

  可能な限り生活を縮小し、自分の人生の目的をはっきりさせないと駄目だと

  そんな焦りの中で生きている今を恐怖の心で捉えています。

  これから先の生きるべき道は? 人間の価値観とは何なのでしょう(@_@;)

  きっと、何も見いだせずに最期の日が近ずいて来ている予感がしています。

  まあ、それも又、与えられた時間ならば甘んじて受諾する覚悟だけは持って

  いたいと願望していますが・・・(;一_一;)

      「あーーあ 今日も暗い話になりました・・・m(_ _)m」

      どうも、理屈ぽくていけませんね   _(._.)_ 

  でも、書ける幸福を心中、感謝しています。有難うございます。

     ★今日の俳句5句です★

        ◎想うこと背中合わせや枇杷の種

        ◎かけ違う心戻らず花柘榴

        ◎燃え尽きし生命の震え著莪の花

        ◎茫洋とのぞく脳裏夏霞

        ◎不条理な流れに押され夏の雲
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徒然なるままに・・・”俳句”
2009/06/19(Fri)
  日本語の中にはとても素晴らしい響きの言葉があり、また、凄く(好き)な

  言葉も沢山あって、できるだけ、これらの言葉をふんだんに使用したいなぁ

  と何時も思っています・・・(*^_^*)

  言葉は生きていて時代を反映します・・・( ^)o(^ )

  美しい(日本語)が段々と{死語化}され、少なくなっていくことが辛いです。

  そんな意味もあり”俳句”を始めた原因もそこにあり、ブログも格好つけつつ

  いかに沢山の(日本語)を使えるかと思って書いています・・・(;一_一)

  何せ無能で、凡庸なるが故にかなり無理をしているのは事実ですが////

  それでも、1人でもその事に気が付いて頂けたら、私自身にとって最高の

  ご褒美なのです・・・(*^^)v

  「絆」って言葉も好きな言葉でして・・・これは私の詰まらない感性からは

  (ひらがな)で書くのはちょっと意味合いが違う感じがして、矢張り「絆」と

  書いて欲しい字なのです。    妙な拘りですが・・・(-"-)

  「絆」って難しいですね。夫婦、親子、兄弟、姉妹などの肉親から、友情に

  至るまで・・・(~_~メ)各々意味合いが異なるし、肉親の「絆」には何処かしら

  {哀調の響き}を感じますし{避けられない束縛}と言いますか拘泥された

  不自由さが目を見開いているようで、自分を弁護する余裕などはいる余地

  がないようにさせ思われるのですが・・・(ー_ー)!!   違いますかしら?

  先ず、理屈が通じない不便さもあるし、その必要性もない部分も有ります。

  ましてや、肉親同士の「絆」には耐えがたい重みがあって抵抗出来ない。

  こんな世の中で、もし、究極の選択を迫られたら・・・家庭の在る者は家族

  を選ぶのが自然だろうから、親は多分に枠外にあると思う。

  それは理屈や道理ではなく自分で造った家庭を第一に考慮するのは当然、

  義務でもあり、責任だからであると思います。それは理屈や真情では納得

  できるし、至極普通の感情だと思う。しかしながら、血縁関係の中の葛藤は

  余りにも過酷で、複雑な心だと思われるから・・・親という存在は一定期間

  が終わると個々に自立し、自己を確立し[孤独]に堪え得るだけの力が必要

  になってくるのだと思われます・・・( ^)o(^ )

          ◆それが輪廻転生だと思っているんです◆

  肉親間の「絆」を考えることはある意味、情愛がある分切なくて、断ち難く

  感情に押し流されそうな時があります。

  又、他人には理解出来ない苦痛や緊迫した感情もあり、個人的には表現

  出来ない哀切感が漂うものです・・・( 一一:)

  故に、老いることはここに繋がってくると思われ、現実を受諾し、事実を把握

  しながら生きる覚悟を確実に納得させ、生きて行く方向を見定める時期だと

  思えるように、この歳になってようやっと判るようになってきました。

  このことに気がついた時は、正直、かなりショックでした・・・(>_<)。。。。

      {心が萎えて、折れてしまいそうな感覚が去来しました}

  でも、はっきりとそのことが自己の中で確定された時、驚嘆はありました。

  変ですが・・・かなりの安堵感や安寧な心境になったことも事実なのです。

  こうやって順番に老いは到来し、数々の事柄を深慮する時間を授与させて

  くれることに気が付きました。本当に有難く、生きる意味も生かされている

  現実も否定せずに「絆」の中で生きられると思いました・・・(#^.^#)

  だって、この世は繰り返しの連続だけれど、決して元に逆戻りはしない。

      ★今日の俳句5句です★

         ◎切なさは青葉を拒む動きかな

         ◎安穏な日々の幸せ胡瓜もみ

         ◎名ばかりの戦ぐ風あり青き紫蘇

         ◎気だるさの中いみじくも梅青し

         ◎さくらんぼ影沈め行く闇を背に
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徒然なるままに・・・”俳句”
2009/06/18(Thu)
  第一印象ってとっても大事だと思われるのですが・・・(*^_^*) 先ず、私が

  初めてヴェトナム人に会った時、まあ、実際は嫁なのですが・・・凄くお互い

  緊張していたと思います・・・(;一_一)

  まして、嫁も私も写真しか知ら無い有様だったし、そのままホテルに直行。

  何時も書いている様に、空港のざわめきは半端ではなく、その人出、混雑

  は想像を絶する・・・!(^^)!!(^^)!

  全く初めてだったから、仰天したものです(@_@;)

  「何様のお出迎え?」「どなたかVIPでも?」状態ですし、これが何時もです。

  そんな状況の中、息子と嫁と友達が来てくれていたが、本当ににこにこと

  笑ってくれたので・・・(#^.^#) 心が和みました。

  私も自然と笑顔になり、心が安らかになった記憶があります・・・( ^)o(^ )

  その時の感動は今も忘れられません・・・(^.^)

  誰でも、そうでしょうが、先ず最初の印象はどうしても自分の経験、知識下

  のなかで計算しますし、判断するものです。

  だから、かなりの緊張が生まれ、心中は不安感が支配し、相手に対して

  警戒心をいっぱいにするものです・・・(~_~メ) 

  しかし、笑顔は有難く何よりのプレゼントだとその時感じました。

  笑うことは警戒の心が解け、ほっとしますから・・・(^-^)

  だから、第一印象の不思議感と言いますか?とっても大切だと思います。

  人間は無意識に防御反応を起こしているものだから、それが消滅する事は

  相手の気持ちを受諾することに繋がるからです。

  この年です。1人での海外旅行が多かったので、自分を守護する事に慣れ

  ているし、様々な国の人との出会いは有りました。

  結構、図太いし、昔から人前でも、平気でハグしたり、握手などはどうって

  ことのない人でした・・・ヽ(^o^)丿

  それでも、全くの初対面の人に出会う感覚は又違うと思います。

  それが嫁と言う特別な感情の中で接することはちょっと、心の内が波立ち

  かなりの波動がありましたねぇ。

  どんな環境で育ち、どんな教育を受け、どんな両親に育てられたのか////

  全くどうでもいいようなことを普通の感情で相手を見ていました・・・(ー_ー)!!

  ただ、息子を好きになってくれ、結婚してくれたことの感謝が正直なかった。

  後日、この事に気が付いてとても羞恥心に襲われたものです・・・m(_ _)m

  何処かの意識下に根拠のようなものが根を張っていて、嫁の理想などが

  あり、嫌な姑を正体不明なままで実演していた気がします・・・(-"-)

  今は、そんなことは微塵もないつもりだが理解してくれてるかな?

  心底、信愛の情が湧き、娘同様の心で接してるつもりだけれど(^_-)-☆

  それでも、本当のところは、国が違うことや文化の違いで戸惑いがある。

  その事実は埋められず(--〆)にいるが、そんなことはもう、大した問題

  ではなく、仲良く幸せで暮らしてくれることのみの願いに変化した。

  外見だけでは決められないことも体験したし、人間の心の機微と言えば

  いいのでしょうか?幸いにして、国際結婚なんて皆が体験できる訳では

  なく少しだけラッキーな人生だと思っています・・・(◎^o^◎)

  自分の人生は自分のためにあると思えるようになったことも含め、日々の

  生活の中で挫折を繰り返すことの愚かさも生きているがゆえの事と思える

  ようになった(*^^)v

  ちょっとだけ、ヴェトナムのことを書いておきますが、国自体は日本と同じで

  縦に長く、札幌から福岡辺りまでの距離で、大半はキン族[ベト族]です。

  後は他の民族が54種族あり、山岳地帯に主に住んでいるようで独特の

  文化を持っている。素晴らしい織物や刺繍など手先の器用さは凄いです。

  識字率は学校に行っていない人が多い割合にすればかなり高い方です。

  普通に新聞を買って読んでいる人をよく見かけたものです・・・(^◇^)

     ★今日の俳句5句です★

         ◎蚕豆の生国問えど声遠し

         ◎意識下の忍耐欠如茄子の花

         ◎情意まだ整わぬまま梅雨の来て

         ◎空梅雨や曳きずりし闇見ておりぬ

         ◎生きし世の目線確かや夏の蝶
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徒然なるままに・・・”俳句”
2009/06/17(Wed)
  昨日、1990年大阪国際花博が開かれた鶴見緑地公園に出かけた(^.^)

  家から1時間少しで着いた・・・(#^.^#) 想像していたより速かったです。

  開催時に行ったきりだから・・・すっかり行き方も忘れていたが・・・(>_<)

  平日で、それも好天、気温30度以上は有ったと思う。

  久しぶりに(夏らしい暑さを感じて気分良かった・・・)(^◇^)まあ、暑さに

  強いせいもあるが・・・ヴェトナムに住んでいたのですから・・・当然かも?

  本当に忘れていたので初めてって感覚だった。 (兎に角、広いなぁ・・・)

  かなり歩いたが・・・それでも半分も回っていない。

  {お花探し}のはずだったが、残念ながら、薔薇の花はすでに終焉に近くて

  幼稚園の子供達の中を邪魔しないように写真を撮っていたが・・・(-"-)

  今を盛りの花が少なくて・・・がっかり・・・(;一_一)

  噴水も工事中で水はなく、人出も広いせいか木陰にパラパラって感じだった。

  メインロードのメタセコイアの緑と通りに飾ってある花が心を和ませた(^_-)

  風車の前には何時も色々な花が植えられていると聞いたのだが・・・生憎と

  それも終わっていて、植木屋さんが正に今、サルビアの苗を植えていた。

  その横にはポピーも「もう、いけません。付いて行く元気ないよ(-"-)」状態

  だった・・(^_^;)  サルビアはもう少しで咲き揃って美しくなると思う。

  少し疲れたので、イスに座って、おにぎりとバナナ1本を食べ、休憩をした。

  広いので、かなり歩いたつもりだったが、それでも1時間位しか歩いてなく

  何せ、1人だから・・・何時も早足で歩く癖が付いているらしい・・・!(^^)!

  又、頑張って歩きだしたら・・・公園内を走っている小さいバスを偶然発見!

  乗せて貰った・・・(^^♪5,6人しか乗れないバスで女性の運転手だった。

  少しだけ{楽ちん}したが、私だけが1番先に降りた・・・(~_~メ)

  その時同乗していた老人が、降りる時「歩いても大したことなかったのに」

  と私の背中に向けて言ったんです・・・<`ヘ´>

  なぜか、腹が立った。私だって道順が解っていたら・・・歩きました(ーー゛)

  {2組の夫婦?}しか乗っていなかったのでお邪魔虫だったのかもしれない。

  嫌な爺さんだと思ったし、そんなことでムカついた私も大人気なく、可笑しく

  思わず笑い出してしまった・・・(*^_^*)

  きっと私が{若いのに乗った}と思ったのだろうと勝手に考えたからで。ふふふ

  それから、紫陽花の道沿いを歩きながら・・・帰路を目指していたが、花は未だ

  余り咲いていなくて・・・額紫陽花や山アジサイがパラパラとあって西洋紫陽花

  の満開は2か所だけだった・・・( 一一:) 趣味の人達なのか紫陽花の絵を描い

  ている人達が数人いた・・・絵は分からないが、見た感じは実際よりも花の色が

  とても濃い感じがしたのは感性の違いなのだろうと納得( ^)o(^ )した。

  花菖蒲も杜若も本当に少ししかなく・・・多分に花の盛りは過ぎていたのです。

  でも、2時間はいたが・・・(ー_ー)!!  見事に見栄を張っている花との出合いは

  ほとんどなく、折角の勢いが萎えてしまったが・・・(>_<)。。。

  自己満足だけは有った。写真も探しつつ撮ったから(良し(^_-)-☆)としました。

  申し訳なかったが・・・世界の庭園はパス。次回に・・・<(_ _)>

  暑さの中の散歩はさすがに少し疲れた・・・(--〆) でも、花に合えて矢張り

  嬉しかったし幸福な良い日になった・・・感謝です。  m(_ _)m

       ★今日の俳句5句です★

          ◎遠郭公現に生きし道ありや

          ◎迫りくる生命の脆さ夏椿

          ◎底しれぬ闇の深さや薔薇の棘

          ◎日盛りの季節は巡る生き生きと

          ◎点と点繋がらぬまま蟻地獄
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徒然なるままに・・・”俳句”
2009/06/16(Tue)
  ちょっとした(言葉遣い)によって相手に不快感や、決定的な打撃を与える

  事って偶にありますよね・・・!(^^)!

  人間は出来るだけ心内では嫌われたくないという防御反応が起きるらしく

  嫌な印象を避けがちだと思うが、どうでしょうか?

  気配り上手なのもどうかなと思う。上辺だけの様な気もして何だか好きに

  なれない・・・(;一_一)

  ずっと以前に、精神科の医師斎藤茂太先生が性格を分類されている本を

  読んだ記憶がある。 それは、専門的な分野からのデーターであった。

  興味半分で読んだのだが・・・(>_<)どの分野にも、自分の資質なり、因子が

  様々の分野に入っていて(ああ、人間の性格なんてそう簡単に分類する事

  などは出来なく複雑で、また、色々と交錯されて成立しているものなのだ)

  と勝手に納得し、現在もそう思っているが・・・(-"-)

  ある程度年齢が加算されると、(そういう分類された箇所が露呈して特出)

  することを最近とみに考えるようになり、又、受諾している我身をみている。

  先生の分類上ではどうも、私は{分裂性格}のようで・・・(^_^;)  あははは

  案外、正鵠を得ているかも知れません・・・(ー_ー)!!(ー_ー)!!

  少し、引用させていただきますが

  *態度と言葉、行動が心と直線で繫げない。
  *性格は往々にして敏感な部分と酷く鈍感な部分がある。
  *非社交的で、孤独が好き。
  *忍耐力や根気はあるが、1度怒らせると手がつけられない。
  *執念深い。
  *迂遠=話が回りくどく、何を言ってるのか判らない。
  *疲れる相手。

  と表現されていた・・・(~_~メ) 思わず、拍手喝采。 ははははです!!

  納得して笑い出してしまった・・・(*^_^*)  さもありなんです・・・「はい」

  自分の性格の分析なんて、暇人がするものだし、老いてから許諾しても

  今更の気持ちですが・・・!(^^)!

  改めて考える齢なのかと思ったり、こんなことを考えられる時間がある幸せ

  に感謝してもいます  <(_ _)>

  もっと、言えば、粘着質の性格で、粘り強く、頑固、几帳面で、だらしない事

  が大嫌いで許せないらしい。ここもそのままですかねぇ  (#^.^#)

  その上、礼儀正しいが窮屈で馬鹿正直。もっと凄いのは理由なく怒るとか。

  余りにも沢山、要素があり、覚えきれず、凄く納得した覚えがあります(^_^;)

  多分、その頃の自分(今もそうかも知れないが)に的確であったのだろうと

  思います・・・(--〆)

  それじゃちっとも成長していないという分析結果でもある気分ですが/////

  多分、人の性格は見た目も付き合っても内面的には自分でさえ結論なんて

  出せないというのが・・・{正直な結果なのかも知れません}(@^o^@)

  それにしても、人間が好きでないとこんな研究は出来ないだろうと思う。

  地球上の億単位の人口の中、巡り合える人数の何と少なく、寡少過ぎる

  人の性格を理解なんて出来るはずもなく、出会える不思議さの方が余程の

  「希少価値」だと思われれます(^_-)-☆

  ましてや(縁)があって、配偶者になり、誕生することや、親や国、民族等

  の選択さえ出来ない事の方が不可思議であると思うし、不平等だ。

  不公平で不自由さと理不尽な格差の中で生きていかねばならない現代。

  そんな世の中に居て個性を発揮(成功?)する一部分の人達はどんな

  過去世持って生まれてきたのかを考えてしまう<(`^´)>

  現在、自分が置かれている立場や生かされている巨大で目には見えない

  流れにいかに生きたら答えが生み出せるのか・・・何も解らない( 一一:)

  ただ、こんなことを感じたり、考える時間が与えられた事に心から感謝して

  いるのは正直な気持ちです   m(_ _)m

      ★今日の俳句5句です★

          ◎対応の見えぬ生き方草茂る

          ◎努々は還り来ぬ過去黒日傘

          ◎紫陽花の強かすぎる気合かな

          ◎噴水や受け入れし老いしなやかに

          ◎それぞれの生き方有りや玉簾

  ◆ここに書いている俳句は固有の作です。他の掲載は固くお断り致します。
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徒然なるままに・・・”俳句”
2009/06/15(Mon)
  以前にデパートに居たことがあり、接客業の経験があるが・・・(#^.^#)

  人と接することの難しさを何度も感じた・・・(^_^;) 毎日が初対面の人が多く

  差し障りのない季節の挨拶から始まって応対するのだが・・・

  これが結構困った・・・お客様によっては「天気でも雨でも関係ない」などと

  平然とおっしゃる方もいるからだ・・・(;一_一)

  ベテランになると瞬時に購入される人か冷やかしかを理解して上手く交す

  人がいたが・・・最初の頃はそんなこと言われただけでも落ち込んでいた。

  相手がどんな人かを掴むことは並大抵ではなく、一応マニュアル的な話は

  聞かされるのだが・・・(^_^;)

  商品によって違うから一様ではなく、その頃のデパートは今のように品格が

  落ちてなくて、プライドがあった時代でした。買わない客は相手にしなくても

  いいと平気で言われていた・・・(@_@;)今はそんなことは決してないと思う。

  銀行もデパートも生き残りのためにどれだけの犠牲が支払われたか/////

  そのことを考えると嘘のような話だが・・・当時はそれだけ人が入っていたし

  売上も有った良い時代だったのでしょう・・・(*^_^*)

  媚びる必要性は全く無かったから・・・その意味では店員もプライドを保って

  仕事ができた。しかし、ノルマがあったし、きつかったことは承知の事実だ。

  売り場によってノルマ達成が出来ないと叱責を受け檄が飛んだ・・・(ー_ー)!!

  (お客様は神様)ではないが、相手がどんな人かを捉る努力は絶えずして

  いたし、そのことが何より大事だと言われてもいた。

  積極的な人も内向的な人もおられるし、構って欲しい人や、放置して欲しい

  人もあり、それらを上手に扱えるのにはかなり要素が必要視された。

  気配りが上手くないと駄目だし、些細な言葉使いで失礼があっては駄目だ。

  そんなことが山積されていた頃は相手の話に相ずちを打つことさえ躊躇した

  ものでした・・・(~_~メ)  でも、慣れるとは恐ろしく数ヵ月経つと控え目ながら

  反論さえ出来たり・・・<(_ _)> したものです。

  案外、大丈夫になっていったものでした・・・( ^)o(^ )

  ここで、学んだことが幾つかあって、今の自分の性格形成に少しは役立って

  いる気がしていますが/////どうでしょうか?

  〇お喋りすることは自分のためだけではなく、相手のためが何よりも重要。

  ○素早い反応が必要でそれを求められる。

  ○理不尽なことを言われても、一度は一歩引き下がってから話だす機会を

   待つ時間を要す。

  ○相手の自尊心は絶対に傷つけてはならない。

  ○中途半端な妥協で商品を売らない。

  ○商品知識は正確に把握しておく。

  まあ、もっと、有った気がするが忘れてしまっている   m(_ _)m

  宝石などの専門店に居た時は特に相手に恥をかかせないように・・・細心

  の注意が要ったし、半端な知識では接客出来なかったから、何時も勉強を

  しなければならず・・・見た目は着飾って綺麗だが、中身は真剣勝負だった。

  専門職とは[プロ意識]とはそういうもので・・・大変だった思い出がある。

  人は本当に見た目では解らないし、話してみても何年友達関係が続いても

  心底理解など出来ない・・・( 一一:)

  育った環境や生きてきた道程が似通っていても・・・全く別物であり、ましてや

  初対面の他人との会話ほど(難易度は高く)真面目な性格の人は正直言って

  しんどい仕事だと思っていた。

  私は数年しか勤めなかったが・・・結構嫌な思いをした。

  良い勉強にはなったが、働くこと、お金を貰いそれで、生活する辛さは充分に

  体験した記憶がある・・・(--〆)

  もっとも、私は、床の間の飾りから急変したためで、世間知らずが過ぎていた

  部分があって・・・若い上司に随分意地悪をされた・・・(>_<)

  まあ、それも遙かな昔だし、私の中の傲慢さや急激した生活についていけず

  愚かだったせいだろうと今は反省もあり、上司の心中も分かる歳になった。

  老いるとはこう言うことを言うのだとしみじみ思う日々になった・・・ヽ(^o^)丿

       ★今日の俳句5句です★

          ◎歳月に押され惑いし心太

          ◎物思う青田波にも夜の来て

          ◎父の日や生の無残を持て余す

          ◎蒼穹に母の星あり導入す

          ◎花菖蒲心紛らす日となりぬ
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徒然なるままに・・・”俳句”
2009/06/14(Sun)
   先日の紫陽花の時に書き忘れたことがあって・・・(;一_一)

  今はどこのお寺に行っても、中年や熟年夫婦が多く、鑑賞にきています。

  大抵の人が元気で、健脚でお喋りしながら、見て歩いている姿は日本が

  (老人大国になった)ことを嫌でも教えられる・・・(ー_ー)!!

  勿論ながら自分もその一人なのだが、カメラ片手の老人が何と多いことか

  そして、行き場を失った老人の趣味はこの程度かと自己も含めて心侘しい

  感情が沸々湧きあがってくる・・・(^_^;)

  女性は明るいし活発で雨の中でも、全く平気。宇治の三室戸寺などは傘の

  行列だし、藤森神社も狭いのに人が多いのには驚かされる。

  神戸市立森林公園は山だから、人出が多くてもぶつかる心配もなく、観て

  歩けるが、広いので結構疲れる。

  播州には凄く広い山崎花菖蒲園があって、ここも山だが・・・石楠花の花も

  沢山あって見ごたえも充分です。

  菖蒲の種類が豊富で、100万株もあると言われているし、毎年、品種改良

  が盛んで、次々と増加している様子も楽しみです・・・(#^.^#)

  ここは車でないとちょっと遠いし不便な気がしますが、是非行って欲しいかな。

  京都はどの四季に行っても確かな花達に出合う喜びがあってよくでかける。

  数年前に行った妙心寺の塔頭の東林院は忘れられない場所である。

  沙羅双樹の花が有名ですが”俳句”では(夏椿)とも言ってよく詠みます。

  ご存知のように{祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり

                  沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理を顕す}と

  言われているように沙羅の花が特に素敵なところなのです。

  純白の白い花がポトリと花の姿のままで落花する様は、哀れでもあるし

  その潔さに心打たれてしまいます・・・(@_@;)

  1日花で夕方から夜にかけて落花するようですが、その瞬間に出合えれば

  もう、息をするのも忘れるほどの感激があって、暫くはその場を動けない。

  丁度、落下した場所には緑の苔が一面を覆っているせいもあり、色合いも

  鮮やかで風情があり、何となく郷愁を覚えて立ち去り難く、趣きがあります。

  心情は溢れるほどざわつき無常と平安が混合されて風趣を誘い、日本人を

  明確に確信し、その情操に刻を亡失してしまいます(^_-)-☆

  平安神宮もどの時期に出かけても何らかの花たちに合えるのが嬉しい。

  今頃は花菖蒲や河骨が咲いているのではないかしら・・・(^^♪

  河骨はそんなに綺麗な花ではないけれど、水面に自己主張しているようで

  可憐ですし、愛らしい花でもあります( ^)o(^ )

  その間を真鯉や緋鯉が泳ぎまわっている様子も花があちこちに揺れたり沈下

  したり、浮かび上がってくる様も飽きず眺められる光景でもあります。

  未だ半分ほどしか咲いていないとの情報待ちしている紫陽花があって、来週

  辺りには出かけたいと思っている処があります。

       ★今日の俳句5句です★

           ◎天佑は少し意地悪梅雨の晴れ

           ◎花菖蒲歪曲されし没個性

           ◎河骨の清楚な風情顔だして

           ◎老いてなお紫陽花の花魅せられし

           ◎沙羅双樹生命の無残余したり
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徒然なるままに・・・”俳句”
2009/06/13(Sat)
  主人のことを話すとき何時も不思議な感情が湧いてくる・・・(;一_一)

  前記したように(お見合い)の上に3回しか逢っていないし、お式まで1ヶ月

  殆ど、彼のことも家庭のことも何も知らないまま、遠い札幌に嫁いだ(-"-)

  年齢差もあったし、私の何を突き動かしたのか未だに正確に把握されては

  いない。”縁”が有ったという言葉しか見つからない・・・(#^.^#)

  ”縁”とは目に見えないし、それだけに畏敬の心も働くものです。

  「なぜ、彼が私の周辺にいたのか?」

  「なぜ、彼を選んだのかも凄く不可思議なこと」

  「なぜ私の配偶者になったのか?」

  そんなことを考えると人生のいいえ、生きている神秘さえ感じてしまう。

  本当は、もっと単純だったのかも知れない。若かったし、自立心が強くて

  早く自分を確立させたい願望が激しかった事実もあった。

  複雑な心情で、相手の心を観ていた訳ではなく、何だろう・・・(・_・;)

  もっと微妙な感覚が作用して感受性が「これだ!」と答えを出したのかも。

  もう、かなりの大昔の話だし、そのころの感情は既に瓦解されているから

  多分、答えなどは皆目、想い出せない現状だと思う・・・(ー_ー)!!

  ただ、若かったから合理主義、経済的に不安がないという計算は有った。

  それは否定できない   m(_ _)m

  でも、理屈では割り切れることではなく、矢張り”縁”があったことは真実だ。

  若い頃に生きる価値や、老いることの不安などを考慮出来る頭脳があれば

  今とは別の生き方があったかも知れません。

  だが、若さということは(謎めいていて未来など考える余裕など必要ない)

  生命力も強いから老いることなど念頭にないのが当然であると思っていた。

  或る日、割り切れない。計算などは通用しない[死]が唐突に来てしまった!

  一瞬にして、孤独を受諾させられて、生き永らえている惨めさの中に心を

  葬る作業をさせられた。それはある意味一種の拷問にさえ類似していた。

  ポルトガルの「ファド」のように、真っ暗闇に漕ぎ出す(黒い艀)を地で行った

  感覚があった。茫然自失状態が続いた( 一一:)

  孤独を受容、共存できるまではかなりの時間が必要だったし、心を触発して

  枯れた樹木に水を注ぎ{生命有る者として生きて行かねばならないこと}を

  容認するまでかなり辛かった・・・(;一_一)( 一一;)

  しかし、遺された者は途中で退席できないし、諦念のみが残る。

  それでも私には、子供がいてくれる幸福を感じていたし、私自身が自分の

  孤独に耐えるだけの心の強さを持っていないと又、気力がないと子供達が

  幸せになれないと思う方向に変化して行けたことは有難かった(*^_^*)

  {人間が成長することはどういうこと}が余り理解は出来ていなかった!(^^)!

  それだけ、頼りきって生きていたから、主婦以外は何も出来ない人でした。

  その低レベルからの這い上がる底力は子供以外無かったが、この世の中

  には沢山の人がいて、人生は自分の意志でセレクトしなければ前進しない

  ものだと言うことを気ずかされた(-_-メ) 自分にはもしかしたら、全く違う力

  があって未開発な部分もあるかも////知れない・・・(^_^;)

  なんて、思う日もあったが・・・それは自惚れにすぎなかった・・・はははは

  自分の背後には別の人間が住んでいて影のように寄り添い気力、体力など

  を包みこんでくれていると、信じようと真剣にそう思って生きていた日々。

  人間として生かされている現実を受け止めて、その大いなる世界の中で囁く

  幽かな言葉を、傾聴出来るようになりたいと望み、その欲望が出てきた時

  (かなりの年数が経っていたが・・・)無論、迷いも惑いも山ほどあった。

  時間はかかったけれど(-_-;) 心が解放され、自然と全てを受容出来る事

  が可能な感覚になり、生きている辛さ、哀しみから少しずつ逸脱出来た。

  個々に呱々を上げて誕生、孤独に向けて必死にた走っている・・・(ーー゛)

  別れは消滅である現実を確実に認識出来た現在です。

  (断固膺懲)のような決意はないけれど、自分の責任でこれからの残世を

  頑張って懸命に力尽きるまで生きて行きたいと切望している(^_-)-☆

     ★今日の俳句5句です★

        ◎見失う年捨てがたし梅雨晴間

        ◎緑陰は捨てがたきもの通る風

        ◎晩年を忘れ程良き河鹿笛

        ◎現身の影残したり花菖蒲

        ◎おぼしきは枇杷の種など数えおり
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徒然なるままに・・・”俳句”
2009/06/12(Fri)
  初老の小母さんにも幼少期がありまして、小学校の低学年から「協調性が

  なく、何時も1人遊びをしている」と通知箋には書かれていた・・・(;一_一)

  それだからと言って捻くれていた訳でも無く、家庭内も幸せだった。

  でも、ずっと、1人が好きだったようで・・・母の側に座ってじっとしていたり

  父に構って欲しいとか甘えることが苦手な変な子供だった気がする(~_~メ)

  自立心が強かったようで、手伝ってもらったり、人と何かをする事が面倒で

  勝手気侭に行動することが楽だった(#^.^#)

  だから、友達も殆ど作らなかったし、厄介なことを聞いたり我慢することが

  嫌だったせいもあるし・・・人の心を忖度するのを好まなかった(--〆)

  [友達]が全くいないのは寂しいと思うが、沢山は不必要だと思うのは変?

  相手の立場に立って考える。想像する力の欠如なのか・・・あるいは自分

  の信念に自信がなく、相手の心情を感知する感覚が鈍いのかも・・・(ー_ー)!!

  相手の言葉の裏側に潜む心を把握してその感情に押し流されず敏感に反応

  できない我が身を理解出来るせいかも知れません(^_^;)(^_^;)

  礼節のある言葉で即答できる能力がない事実。

  それらを丸ごと受け止める程の許容量がないことは事実だし、どんな言葉

  を連ねても綴って見ても・・・(-_-)

  所詮は、自分で答えを導くのだからと思うと・・・勝手な物知り顔で相手の

  話を聞くのは失礼だと思ってしまう  m(_ _)m

  故に「友達」という括りの範疇は自己の中だけであればいいのだし、相手

  にはそうは思われてなくても何の不都合もない気がする。

  まあ、冷たい性格なのかも知れないし、自己愛が強いのかも知れない。

  要は自分勝手で、都合のよい時に話を聞いてくれる人が良い訳で・・・

  我儘で厚顔なのかも知れませんが・・・( 一一:)

  生きることには無駄がないと思っているし、他人の人生を左右する言葉

  などは迂闊に話せないし、勝手な判断をされたら困る部分も確かにある。

  自分自身に確信が持てない人生をおろおろ歩きしている状況なのに///

  断言などすることは出来ないと、先ず真っ先にそう思ってしまう。

  「友達」の括りは私にとってはふんわりとして、ある時は近隣に居て欲しい。

  けれど、出来るだけ遠い所で遠隔操作されるが如く遠目で心の何処で気に

  していてほしい・・・そんな心境かなぁ(^_-)-☆

  人生は自分の思う通りには大抵行かないし、何かの大きな波動に絶えず

  揺り動かされ、大波を被ることが結構ある。

  それが解るようになるのはある程度の年齢と経験が必要だ。各々、違う

  人生を生きているのだし、人生の3分の2は大波の上を揺曳されている

  気持ちがある。

  勿論、生まれ、生かされている幸せは十分感じるし、こんな世の中です。

  この歳になると「焦燥感が背中を叩いてる」現実は確実に見える(*^_^*)

  でも、若い頃には、理解出来なかった事が見える様になった有難さは大で

  自分の人生を肯定して生きていける知恵は働くものです(@^o^@)

  多分、それが(老いる)に繋がることだと思うし「友達」もそうでしょう。

  {生きることってこう言うことだと判る日が必ず来ると信じてるヽ(^o^)丿}

  気がつかされ、生きる価値を見つけることが余生ではないだろうか?

  だから、「友達」とはつかず離れずの状態が心地よく、べったりでなく

  老いることの哀しさを分かち合えれば良いと思っている。

       {人生の寂しさを共有出来れば尚よし!!}

  「友達」でも本当の心は分からないものだし・・(~_~;)滅多な言葉で慰め

  たり上から目線で、判り切ったつもりで決して言ってはいけない。

  {タブーな言葉}はたくさんあるものです・・・(--〆)

  親しくなるとその境界線が取れ、段々と心中に入り込んでくる時も多々

  あって・・・折角の「親友」を喪失する場合もあるし、鬱陶しくさえ感じる

  時もあるものです。

  甘えが出て、慣れ合いが生まれるからで・・・自己経験からこれだけは

  気を付けているつもりです。

  {品性を保ち、謙虚な心で応対できれば}「友達」は最高である(*^^)v

  それが出来ないのが人間であって{芯の強さ}を問われる事もある。

  真剣に生きたいと願望すれば、それは余りにも過酷だからつい人間は

  楽な道を選びたがる(私も同様なのですが・・・)

  そう感じる様になってから「友達」は余り、作らなくなったし、不自由なし。

  必要性がないのではと思うことさえ多くなった・・・(>_<)。。。

  尤も、昔から1人が好きなこともあるのかも知れないが、我慾を抑制して

  [友達]が欲しいとは感じないのは私の性格の愚かさでしょうか!(^^)!!(^^)!

  {礼節と品性}は人間にだけ許された最高の人格だと何時も想っています。

      ★今日の俳句5句です★

         ◎夏めきて晩年少し焦燥感

         ◎とびとびの脳の鈍化や入梅す

         ◎梅の実のどよめき雨に消されゆく

         ◎逡巡は歩幅の緩み額紫陽花

         ◎風説は思いがけなし田植歌
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徒然なるままに・・・”俳句”
2009/06/11(Thu)
  古今東西より「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」とか申します。

  もう、聞き厭きた感じも致しますが・・(;一_一)

  何せ花が好きなせいでしょうか、どうしてもそこに戻ってしまう習性がある様

  で申し訳ないですが_(._.)_ 付き合って頂けると嬉しいです(*^_^*)

  少し遅くなりましたが、[牡丹][芍薬][百合][紫陽花]などは”俳句”上は

  {夏の季語}となっておりまして、とってもよく使います。

  [牡丹]は中国産で、中国では一時期は国花ともなっていたようで、本当に

  豪華で素晴らしい花です。花言葉にも(王者の風格)(百花の王)とかもあり

  開花姿は見事です(*^^)v そして、活力と華やぎを感じます。

  今は関西に住んでいますので、有名な奈良の長谷寺や當麻寺等は制覇

  京都の乙訓寺では真黄色の牡丹との出合いもあり感慨無量でした。

  姫路市の千姫牡丹園もかなり見ごたえがあります。追加ですが//////

  [芍薬]は特に鑑賞に出掛けることなく、あちこちのお庭拝見、十分楽しめ

  幸福感に酔っていました・・・<(_ _)>花は[牡丹]より少し遅く咲き出します。

  花言葉は[牡丹]より格が少し下がって(花の宰相)(花王の副)と言う。

  どちらかと言えば個人的には[芍薬]の花の方が好きですね(#^.^#)

  ご存知のように[芍薬]という名前の通り薬としても珍重されています。

  鎮痛剤としては著名ですね・・・(^.^)

  [牡丹]と[芍薬]の違いは樹木で横に流れて咲く姿と草で真直ぐに立つ

  姿の違いで[牡丹]には寒牡丹と冬牡丹もあると言うことの知識レベル。

  [百合]はお好きですか? 凄く好きな花の種類です(◎^o^◎)

  花の名前も多分割合知っている方ではないでしょうか?

  山百合、鬼ゆり、鹿の子ゆり、笹百合、鉄砲百合、黒、白ユリ、乙女百合

  が範疇です。だが、山百合の仲間のカサブランカは何より好きな花です。

  ただ、どれも優しく、可憐だし、愛らしく咲き美を共存共栄させてくれる。

  幸な花ですが[ウバユリ]と言う種類の百合があって、これは降参(-"-)

  そうなのです「姥百合」と書きますの。   うふふふふ  ( 一一:)
  
  山中に背高く百合とは思えない大きな広い葉っぱが終わると咲きます。

  花が咲く頃には葉っぱが枯れてしまうことから[葉が、歯が抜ける]とに

  かけられて、姥百合と言われているとか・・・聞かされましたが(>_<)

  ちょっぴりと、うら悲しく、身につまされております(ー_ー)!!

  落ちた葉も、枯れた葉も情けなく哀れで、グロテスクでもあります。

  でも、葉が落ち、枯れてもその色香を失わず艶やかさを保ち、頑張り咲く

  そのさまは、余り美しくはない容姿に敬意を表したい心境・・・(;一_一)

   ▼要するに、我が身に例えたくない強気願望の現れでしょうか?▼

  カサブランカはかつての自分もそうであったかも知れずなど厚かましさを

  露出した欲望を甘味に豹変させ、かなりの具沢山にして詰めこみながら

  {懐古の情の変化」をオブラートに包みつつ、その芳しき香りに泥酔したい

  想いを重複させて・・・好きな花とぬけぬけ申しております(・_・;)(・_・;)

         ■何か…問題ありまして・・・????■

  カサブランカの花言葉はちなみに(高貴)ですって・・・あはははは

  「程遠ーーーい感覚に七転八倒の状況なり!!」です(@_@;)(@_@;)

  今年オープンする滋賀の箱館山の天空百合園へ行きたいと思っている。

  最後に[紫陽花]を少し書いておきます。 {いやぁ…雨に似合う花です}

  現在、沢山見かけるのはハイドランジアと言い(西洋アジサイ)であって

  日本古来の品種[額紫陽花]の逆輸入した花だと言われている<`ヘ´>

  まあ、詳細は知らないのですが、神戸森林公園へ行った折の聞きかじり。

  花の咲かない(カシワバアジサイ)とか、アナベル[淡い緑から白、緑へ]

  変化する花があることや、紫陽花には{毒性}があることを知った程度だ。

  色のついている部分は(萼)で花は中に小さい点のようになっている。

  俳人が過去に好んで詠んでいるので・・・かなりの知名度はありますね。

  ”俳句”では(紫陽花)として詠む場合と(七変化)(額紫陽花)[額の花)

  (四葩)などと言う言葉に置き換えて遣う場合が多く、風趣に富んでいる。

  これも半可通ですが・・・昔、中国の漢詩人[白居易]がライラックをみて

  紫陽花と名ずけたとか、それが、間違って伝えられたとかも聞いたが//

  記憶の中の話裡にはあるが・・・正確ではない・・・m(_ _)m

  大体が大凡の話が多くて・・・下調べして、人様に聞いていただく体制は

  ほとんどなく、基本は自分中心で恐縮ですが・・・ご勘弁願います(-_-;)

      ★今日の俳句5句です★

          ◎カサブランカ都邑の明かり消えぬまま

          ◎白百合の醇風美俗称えたり

          ◎無常なる闇揺らぎおり額の花

          ◎芍薬の名残留めん余所の庭

          ◎牡丹落ち晩年生命還る音
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徒然なるままに・・・”俳句”
2009/06/10(Wed)
  ヴェトナム料理がとても食べたいと思う日があって・・(#^.^#)時々は自分で

  作ってみますが、不思議なもので、あの時のあそこで食した感覚は決して

  同じでは無い・・・(;一_一)

  矢張り、あの環境で、沢山のヴェトナム人に囲まれ、ここが異国の地である

  感動の中から、生まれてくる特殊な味なのでしょうか?

  勿論、材料も、全てが同じではない。先ず、お米が違うし、同様の物を使用

  したとしても、何となく味が違うのは、なぜなのかしら・・・(ー_ー)!!

  嫁がヴェトナム人なので帰国の際には必ず、食材を購入して来てくれる。

  しかし、作って見ても、あの時の感激はなく、それらしくは出来るが(味)が

  違う気がする・・・(・_・;)(・_・;)

  美味しさでは、私自身、札幌で長く生活したせいか、関西の魚介類は正直

  拙く、切り身も薄かったり、半身や1匹で購入していた魚などは、殆ど予約で

  買うことになる。 ごく当然のように、市場やスーパーで買っていた魚介類の

  余りの小ささにがっくりする・・・!(^^)!

  多分、それと似た感覚かも知れませんねぇ。まあ、あの時の味は忘却の

  彼方なのでしょう・・・(-"-)   残念ですが・・・(>_<)。。。

  よくご存知の(生春巻き)もその家庭によって中身が違うことも多々あって

  必ずこれを入れないと駄目という決まりごとはないようだ。  でも、(トム)

  海老のことですが、これは入れる見たい。色合いが綺麗だからかな?

  後は春雨だったり、ビーフンだったり、モヤシ、ニラだったり、牛肉も入る。

    {日本でも、その家の家庭の味があるように同じことだと思う}

  ただ、外食が当然のお国柄で、朝は女性が忙しいのか、朝食は屋台の

  (フォー)で済ます人が大半だ。(フォー)には(ガ=鶏)(ボー=牛肉)の

  どちらかを食べる。

  安価で早く、野菜も山盛りで付けてくれる。それを好みに合わせて食す。

  時折(葉っぱの中に虫がいたり)などを気にしなければ・・・まあ、十分に

  お腹は膨らむ・・・( ^)o(^ )

  日本はどちらかと言えば夕食に{家族団欒と言う食事体系}だが、お昼に

  主人の帰宅があって・・ご飯を一緒に食べるという感じは経験がなかった。

  無論、夜だって、日本のように残業がある国ではないから、早い帰宅です

  晩御飯も一緒のようだが・・・(^^♪私は最初、お昼に帰宅して、お昼寝など

  してから出掛ける男性の姿がとても異様に映った。

  このときに、初めて国の違いや習慣の違いを知った気がします(*^_^*)

  たしか、スペインでも{シエスタ}と言って昼寝時間が有ったようにも思った

  けれど・・・それとは少し違う感覚を受けた(^_^;)

  ヴェトナムは海老の養殖が盛んだから海老料理は多く有るし、美味しい。

  それにお米の生産も世界第2位だし、米粉の普及率は高く、種類も多い。

  食べ物は牛肉も豚肉も鶏肉もとっても安い。特に、鶏は目の前で捌くので

  その哀れな姿を(直視出来る人)には新鮮だし、大抵は丸ごと購入する。

  スープや、フォーの出汁にもするし、肉は様々に加工して食べる人が多く

  サーズ≪鶏インフルエンザ≫が流行した時はかなりの打撃だったと思う。

  しかし、日本のようにマスコミの騒動はなく平然としていた様子には仰天

  したが・・・!(^^)!暫くの間は鶏は敬遠されていたらしい。 でも、復旧は早く

  想像以上に平気みたいだった。「処分したからもう安全だ」と言う感覚かな。

  日本のような大騒動にはならず、冷静に判断して騒いでる人は見なかった

  そうですね、後は農業国だから、野菜がとにかく種類が豊富だった。

  暑い国で、同じ品でも大きさや味の変化はあったが一通り何でも揃った。

  食べることの不自由さは何1つなく、体に良いので、かなり痩せて、元気

  になれた気分だったかなぁ・・・所謂、体脂肪がつかなかった(^_-)-☆

  帰国したら途端に増えたが・・・あははは   <(`^´)> <(`^´)>

  また、あの国で美味しい食べ物に出合えることを期待している(*^^)v

  ヴェトナム料理の店も数多あるが、あの喧噪の中で食す雰囲気は独特で

  多分現地でないと味わえない感触だし(味)だと思いますヽ(^o^)丿

      ★今日の俳句5句です★

         ◎分別が照応されず若葉風

         ◎長談義若葉光あり程の良さ

         ◎高架橋大夕焼けに塗れおり

         ◎一隅の玻瑠戸賑わす四葩かな

         ◎遠景色身を委ねたり走り梅雨
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徒然なるままに・・・”俳句”
2009/06/09(Tue)
  どうも、私の中で、未だに(老いる)ことが納得といいますか、完全に理解を

  されていないようで(;一_一) みっともなく、オタオタしている部分があって

  鬱陶しくもあり、苛立ちを感じています・・・<(`^´)>

  小さな鏡に映る容姿は正に初老のしかも、皺もあり、白髪も有りの形相

  をしています。(大きな鏡は見たくない(>_<)。。。)   はははは

  だから、当然のように老いた姿を毎日、見ている訳で、かなりの悪あがき

  なのだとちゃんと解っているのに・・・何かが迷い、何かが拒否している。

  {発想が貧しく、反応が鈍いのか?}{答えをだすのを恐れているのか?}

  自分に問いかけてみるが・・・(-"-)今のところ必死で抵抗している場面が

  浮きあがり足掻いてる状態が続投している。

  「いい加減にしろ!」と言いたいし、そう思っているのも事実だ・・・!(^^)!

  だけど、(老い)を選択することは何かを喪失することと、表裏一体の気が

  して・・・なかなか前進出来ない自分を見ています。

  自分自身を信じ、自分の感性を頼みにして生きてきた生き様を振り返ると

  選択と喪失の相反することの理解は何となく寂寞感に覆われて、夏の霧

  が茫然と広範囲に拡散していくような、頼りない、覚束ない感覚がして//

  自分自身に確信がもてない理不尽さに心が振り回されています。

  そんな現状の打開を切望していながら・・・(~_~;)

  もしかしたら、心中、そんなことは深慮せず、自然の成り行きに任せる方が

  良いと言う囁きに翻弄されている部位も確実に有るようです・・・(ー_ー)!!

  それも何だか嫌ですし、困ったものでと想ってもいる(ーー゛)

  自分が納得できないことは不条理さが先立って心裡を抑制できずにいる。

  反面、人間のいい加減さ(勿論、自分も含めてだが)は充分に承知済みだ。

  だったら、そんなことは「大問題でもなく」(老いを受容できる)のではない?

  もっと、簡単に考えたらとも思うのだが・・・(-"-) どうもいけません(-"-)

  人生って自分でコントロールしながら生きている部分が沢山あり、懸命に

  生きてきた自負があるように思えて、やはり、自己承諾の上に突入したい

  願望が拭いされないのです。

  多分に(老いる)感性を何処かで踏み外してしまった感じが強く、心の葛藤

  が・・・箍が外せない・・・外したくないと強固に頑張っている何かがある。

  そんな予感がしています(--〆) 愚か者だと思うのですが・・・(-_-メ)

  何時も話しますが・・・「言葉」って本当に難しくて/////

  自分ではこれで大半は理解して貰えてると思っていても、その半分さえも

  通じていないことの方が多い。

  自分は言ったつもりでも言ってなかったり不足していて「何のこっちゃ!」と

  言われると「言葉に出している」のに解って貰えない悲しみは切実です。

  {傲慢さだけが露呈されるようで・・・惨めになってしまう( 一一:)}

  何時も思うのだが、どうも私の偏狭な性格は自己承諾をしないと前に進む

  ことが出来ないようで!(^^)!人生を肯定しつつ、納得する時間が必要みたい。

  そんな風に思われてならず、何と面倒でうざい性格だと自己分析している。

  でも、そうやって生きてきたのだから・・・矢張りその道程を通って(老い)に

  向かうより手段が探せない気がしています(^_^;)

  そして、それを理解し、確認出来た時に自分の人生を生きる意味が確実に

  見え、自分自身の心の決着がつくのではないかとそう思っているのですが。

  それは何時の事になるのでしょうか・・・(-_-メ)

  しかしながら、それの答えを出せぬまま(老いの結末)だけが見えたりして

  「ジ、エンド」かも知れません・・・あははは

  考えて、悩んでることは生きている証でもあるのだから・・・( ^)o(^ )

         ■それもまた、よろしいではありません?■

   ★今日の俳句5句です★

      ◎夏の風不意の動揺昂揚す

      ◎心音の地上駆けだす夾竹桃

      ◎月見草儚さありて美しきかな

      ◎加齢とは渇きに似たり草いきれ

      ◎鵜篝や都邑の灯り失せゆけり
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徒然なるままに・・・”俳句”
2009/06/08(Mon)
  誕生日に花を贈られたり、贈ったりする習慣が何時からあったのかは全く

  解らないし、恥ずかしながら知らない(・_・;)

  しかし、幸いなことに誕生日と言えば生前、主人が贈り続けてくれた花束。

  また、親友が届けてくれた大好きだが高級なカサブランカを思い出す(^^♪

  以前に書いたが、その友達はもう居ないが、誕生日がくると必ず思い出し

  一層切なさが増し、仏壇から部屋中に香りが充満していた記憶が過る。

  それから後は、娘からの花が多くなった(#^.^#) 娘は性格も父親似で、人

  を喜ばす事が好きみたい(^_-)-☆

  それも、有難く・・・結構幸福な親を生きている  m(_ _)m 息子は主人が

  亡くなってから毎年温泉へ連れていってくれた。去年は生国への旅行の招待

  もあって・・・かなり、恵まれた親をさせてもらっているヽ(^o^)丿

  割合、我儘で身勝手な親なのに・・・深謝せねばと思っている <(_ _)>

  どんな形にせよ、この年になっても未だ祝ってくれる人がいる喜びは感謝

  の言葉しかない。親友のSさんから今年は珍しい花が届いた(*^^)v

  最近はすっかり(のんべえ)を卒業して飲めなくなった[以前は必ずワイン]

  を贈ってくれ、誕生日が近くなると日ごろの安価なワインがうざくなり、早く

  高価な品が届かないかな?なんて思った日々もあった・・・(;一_一)

  彼女が贈ってくれた花は(カラー)でそれも、凄く珍しい色合いだった(*^^)

  今迄(カラー)と言えば白とか黄色、ピンクしか見たことがなかったが・・・

  最近は品種改良が盛んで、何と{緑と、紫の花}だったのです( ^)o(^ )

  写真に載せられるといいのですが(>_<)(>_<)何せ、とに角写真を撮ること

  は苦手だし、まだ、PCに取り入れる技術といいますか上手くなくて_(._.)_

  まあ、視覚から入らず感覚的な想像力で感じてください(@^o^@)ませ。

  ご存知の方は沢山おられるでしょうが、一応”俳句”などをしていると必要

  に迫られて花の名前や、四季に関することは自然と覚えていける特典が

  あって・・・(-_-メ)いいえ、覚えないと詠めない部分がありまして/////

  (カラー)は日本名を「阿蘭陀海芋」{おらんだかいう}と言うようで、私も

  海芋として”俳句”には使用することが多いです。

  読んだ字の如く、オランダからきた(里芋科)の種類らしく、漏斗状になり

  巻いていて、それは仏炎苞と言われています。

  それがすこしずつ、巻きを解き開花します。表の部分は葉が変化した物で

  花は中に密集しています(*_*)(*_*)

  名前の由来は幾つかあるようですがワイシャツのカラーから来たと言われ

  それが主と言われますが(-_-) これだけ様々な色が出揃うとそれも何か

  相応しくない気もします。

  前述した様に(白)が1番素敵に感じるのは見慣れているせいかも知れず

  また、花嫁のブーケなどにも多く使用される感覚が残存しているせいかも。

  今は、知っている限りでも、黄色、ピンク、白とピンクの斑入り、みどり、紫

  オレンジ色などがあります。   △凄いです(*^_^*)△ ね・・・

  花自体はとても長く咲いていて・・・1ヶ月くらいは持つと聞きました。

  我家に来てくれたこの鉢植えも、もう2週間咲いていますし、葉っぱの伸び

  が異常に早く・・・(-_-メ)1日で何㎝も伸びているようで、葉っぱは時折カット

  しています。店先ではどうしてだか、花の咲いた部分だけを売っている。

  葉は傷みが早いからかも知れません(--〆)

  (カラー)の花言葉を聞いてひっくり返りそうになりました・・・あはははは

         ◆だって「乙女の淑やかさ」と言うそうです◆

  ギリシャでは「美しさ」と言われているようですから・・・(-"-)

  私ならば、さしずめ「姥の醜さ」とでも言えば・・・・おほほほほ

  それが最適な言葉だと存じますが・・・如何でしょうか(@^^)/~~~

     ★今日の俳句5句です★

        ◎成り行きは自然の生命海芋来し

        ◎不本意に失せる道ありつばくらめ

        ◎兆候は真理をつきて若葉燃ゆ

        ◎膨大な言葉の数やカサブランカ

        ◎茫々と棚引く夏の霞かな
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徒然なるままの・・・”俳句”
2009/06/07(Sun)
  自分が歩んできた(来し方)を偶に考える日がある。そんな日は自分自身

  の心が欠如していたり、好奇心が浅くなっている時です。

  例えるならば、右側をセレクトしてきた生き方に自信喪失する時などがあり

  左側のチャンスを選択した方が・・・良かったのではと思う時、こんな症状が

  起きるのです。

  そんな時、結構底辺まで落ちて行って物事を考えようと必死になっている

  姿が見え隠れして慄然とする(ー_ー)!! 過去をどんなに繕ってみても所詮

  過ぎてしまった時間は取り戻せない。

  理解しているし、理性では十分に把握出来ていても、自制心が抑圧されず

  平静ではおられない。左側を選んでいたら主人との別離はなかったのでは。

  しかし、現実は{逝ってしまった事実}は恬然の様相で正坐している(-"-)

  逝ってしまった人を忘れることはないが・・・せめて、家族だけでも忘れずに

  いたいとは思っているが、来してきた生活の中で逝った人の残世はどの様

  に生きたかったのだろうかまでは殆ど考慮していない!(^^)!

  余命を考えるとき、その焦燥感に苛まれる時間があって・・・(;一_一)

  はっとする日が有るのです。

  勿論、満たされていた時間、生かされている喜びなどは充分に感じてる。

  精一杯、遺された者として生きているし、頑張ってもいるつもりだが。

  我執の気持ちが拡大している時は平常心が失われている事実があって

  そのことが自己自虐となって働く。えごが最大化しているせいである。

  喪失の部分が寡少されているからに違いありません・・・(>_<)。。。

  人間として発展したり、高揚されている時は忘我の気持ちなのだが・・・

  実は不安や恐怖の中に混然と入っている自分が隠されていることを全く

  忘れており、茫然としているのが事象なのです(・_・;)

  だから、(言葉)ってとっても難しくて、軽く言われた(言葉)に妙に傷つき

  自分にその気がなくて言った(言葉)で相手を打ちのめしてる時もある。

  (言葉による伝達)は難解で面倒で切ない感情があることを・・・(-_-メ)

  時には真剣に悩み、考えねばならないと思うのだが、浅学が故に失態を

  招き、お互いが嫌な思いに捉われる<`ヘ´>

  該博な知識を持っていればそんな場合は上手にすり抜けて通過出来る。

  だが、私などは背中が空っぽだから・・・思いがけない時に人を傷つけて

  しまうことが多く、言語教育の貧しさに何度も愕然とする。

  本音で話すことの難しさを知らされる場合が沢山あって・・・年齢だけが

  先行していて、内容が伴っていないm(_ _)m

  相手の警戒心を解く術が分からず・・・親友を失った経験もあるし、自分

  の底辺を見せる勇気がなく、何処かで格好つけて生きている部分もあり

  本音で語ることの難易度を計りきれていない場面が多い( 一一:)

  {何を主張したいのか、何を理解してもらいたいか}を(言葉)で伝達する

  程度が低いのかも知れません。

  主張したいことはごく基本的なことで、常識的なことだと自己判断されて

  いるのですが・・・(ーー゛) その表現方法が未熟なるゆえんでしょうか?

  (言葉)以外の伝達方法が人の心を惹きつける要素が多分にある事も

  承知している筈なのに、(言葉)に頼って失敗していることも多い。

  きっと、自分の底辺を曝け出せない変なプライドがあり、邪魔をしている。

  そんな性格でもあるのでしょう・・・(-_-メ)

  それでも、出来るだけ沢山の日本語の中から自分に該当する(言葉)を

  探しだして(言葉)を大切にしたいと切望していますが・・・

  はてさて、どうなりますか(@_@;)

  自己欺瞞にならず、出来るだけ正確に日本語に関わって行ける方法とは

  遥か遠方にあるようで、私の余命の間に探索出来ると幸福なのですが。

  えごを喪失して我執が取り除かれる日が来れば・・・それは多分(死)の

  境界線上に到達することで、それが計算出来たらどんないいいかしら?

  などと思う日が割合あります。(--〆)

  暇人だからこんなことを考えている典型的な例かも知れません!(^^)!!(^^)!

     ★今日の俳句5句です★

        ◎紫陽花や言葉教育過去となり

        ◎輪郭のないささ濁り夏驟雨

        ◎不如帰人語を解す余韻かな

        ◎額の花宙の許容を知らぬまま

        ◎切り捨てし言葉の中や夏霞
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徒然なるままに・・・”俳句”
2009/06/06(Sat)
  (住めば都)といいますが・・・3年間過ごして成長期のヴェトナムのことを

  しょっちゅう、思い出すもので、もっとも、嫁がヴェトナム人である部分も大

  なのだが・・・(*^_^*)日本人との違いについて書いてみたいと思います。

  先ず、お断りしておかねばなりませんが、これは私が住んでいた時期に

  出合った人達で、現在のこの国は異常な発展を遂げていますヽ(^o^)丿

  だから、統計を取ったり、調査した訳では決してなく、正に狭い経験から

  だけの話で、偏見もあることを含めて聞いて頂けたら・・・(ーー゛)

  様々な点が違うと思うので箇条書きにしてみます。

  :人前でも大声で話をする[羞恥心]は余りない。
  :色が白いことは美人である。
  :自己主張がかなり強く、決して謝ることはない。
  :親しき中には礼儀や遠慮は殆ど無い。
  :自分と他人の区別がない。
  :人の迷惑は考えず自己中心の人が多い。
  :家族が何より大切。
  :プライドがとっても高い。
  :謝罪の心はない。
  :建前と本音を確実に区別する。
  :温情で優しく、親切だがお節介。
  :男女を問わず見知らぬ人と平気で、何処ででも話す。
  :お喋りが大好き。
  :時間の感覚が薄く、かなりルーズで約束時間は守らない。
  :大雑把でいい加減なところが多々ある。
  :家族のためにのみ働く(嫁、主人は外す)
  :お酒で酔った人は見たことがなかった(毎日のように飲む人は多い)
  :女性はお酒の相手は(玄人以外)はしない。
  :姿勢がよい。
  :親孝行である。
  :禁止区域でも平気で小用を足す。
  :唾をあちこちで吐くし、手で鼻をかむ。
  :公園は見事なまでに整備されていて何時も美しい。
  :騒音が酷過ぎる。
  :直情径行型の人が多く、何時も何処でも喧嘩や言い争いが絶えない。
  :道路は24時間体制で掃除をしている。
  :どんなことでも生活に変える[例=道端に落ちていた靴の片方でも、
   切れかかったベルト、壊れた時計、動物など道路沿いで売っている。
  :手先が器用なので、電気部品や、バイクなどの修理は早くて上手。
  :社会主義なので理解出来ないことが数多あり過ぎる。
  :貧富の格差が大きい。
  :都市と地方の差が余りにも違う。
  :まだ、伝染病が多い。
  :テト[お正月]休みが長過ぎる。その為にのみ働く人が多い事実。
  :海外に出稼ぎに行っている人が多い。

  これらはあくまでも、私個人の体験で感じたことで、全てではなく、性格も

  地方や民族によってもかなり違う(ー_ー)!!決して断言しているのではない。

  また、批判している訳では無く・・・(;一_一)生活していた貴重な時間の中

  経験したことを数えたに過ぎない。

  その上、現代は高速道路の計画もあるし、富裕層にはIpodoや、最新型の

  携帯(タッチパネル式)やPCも盛んだし、何ら我が国と変化はないようにも

  思う。私などが知らない物でも(・_・;)若者は容易に入手したり、変に詳細で

  驚かされることが多いことも現実にある。

  しかし、前記したように、伝染病がまだ蔓延していたり、死者が出たりなど

  遅れて入る部分があることも事実だし、新しいニュースも沢山入ってくる。

  本当に、これからの国であることを確実に感覚的にも教えてくれ、楽しみな

  国の発展を信じて希望している私です。

  先日行った台湾ではバイクがほとんどなく、スクーターが多かったが、その

  意味ではまだヴェトナムはバイクの世界だと言えるかも・・・(#^.^#)

  ただ、ヤ○ハがスクーターの進出を計画していることは聞かされている。

  この国には本当に世話になったから、将来に対する愛着も一入であるし

  嫁の国という特別な思い入れもあって、心からどうしても切り離せない。

  たえず、気にかかる国ですし人々でもある。

  だから決して悪口で、書き連ねたものでは無いことを////(-"-)執拗に

  もう一度説明しておきたい(^_-)-☆

        ★今日の俳句5句です★

           ◎五月雨や未だ夢の中ざわつきぬ

           ◎惜別の夕焼け委ね暮泥む

           ◎声清し山峡に聞く遠郭公

           ◎絶え間なく稜線流す夏霞

           ◎幾十度妄想乱す七変化
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徒然なるままに・・・”俳句”
2009/06/05(Fri)
  久しぶりに映画の試写会に行って来た。娘が誘ってくれたのだが(^^♪

  NHKで放送されていた[ハゲタカ]の劇場版だそうだが、想像以上に難解

  TVも観ていなかったせいかも知れないが、主婦歴だけが長ーい小母さん

  には専門用語が飛び交っているように思えて、興味のある人には物凄く

  面白かったのかも知れないが・・・(;一_一)

            ▼正直(難しかった!)です▼

  [ファンド]が資金とか運用資金だという程度の知識しかなく、それによって

  企業の買収や金融破綻する会社など・・(-_-)この年まで経験したこともなく

  現実に見たこともなかっただけに、それは見知らぬ世界の{絵空事の如く}

  感じられその意味では刺激的でもあり、妙な納得とそんな社会があること

  感覚的には理解出来、興味は少し湧いていた。

  バックに中国系の巨大ファンドの動きが錯綜するあたりは近未来の日本の

  経済界を憂うような予感がして着想は不安感を煽っていた(ー_ー)!!

  現代の世界不況を捉えている部分や経済社会を皮肉っている様子が窺え

  金融の危機を覗き見した気分はかなり、ショッキングでもあった。

  [お金]に振り回されることの恐怖と悲劇的な要素は、何時の時代も、また

  何処の国でも同様だと思わずにはいられなかった( 一一:)

  人間社会の悪行とでも言えばいいのだろうか[お金]に翻弄されて、破滅に

  追い込まれる人間の欲望は果てなく、{欲望に打ち勝つ者が何よりも強い}

  を見せてくれた気がした・・・(;一_一)

  展開が予想以上に難しいのは未知の世界である部分が大きく、無知無学

  で理解不能な世界であり、知らなくても生きてこれた生活の中の出来事で

  有ったからに違いない(--〆)

  IT企業が盛んになり世界情勢が大きく変動した時代の中に居て何も知らず

  企業が買収されて行く姿を見聞きするたびに(底知れぬ恐怖感)はあった。

  その方法や、やり方は初めてこの映画で見ることが出来知った(ーー゛)

  企業を買収するための ファンドマネージャーがいること、根絶させる程の

  [ファンド]があるところににはあるのだという驚愕も勿論、映画の中のこと

  だと解っていても、その社会を垣間見る機会に恵まれた事は何よりだった

  きっと、一生知らなくて不都合は自分が生きている間には降りかかっては

  来ないかもかも知れないが、見知らぬことを知る喜びは確実にあった。

  感想など書く才能はないが、初老小母さんが見た偽らざる思いであり(>_<)

  未知が多く、山積する世の中を生きている間に鑑賞できた手応えありです。

        ★今日の俳句5句です★

             ◎艶消しの言葉教育青葉山

             ◎小刻みにつかず離れず額の花

             ◎委ねたる風土記の寛恕走り梅雨

             ◎紫陽花は不機嫌の房広げおり

             ◎焦がす胸抒情の想い梨の花
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徒然なるままに・・・”俳句”
2009/06/04(Thu)
  分不相応の妄想を持ち”俳句”などを始めた我が身を時折苦痛が伴う。

  おろおろしている現実の中で多作することで、いっぱい。いっぱい(・_・;)を

  保ってきた感じなのです・・・(;一_一)

  人それぞれの句があるように私自身にもほんの些細な拘りはありますが

  沢山の人の”俳句”のブログや本を拝見すると、力の無さを痛感し、愕然

  としますが・・(~_~メ)反面、未だ始めたばかりだもの・・・なあーーて耳元で

  囁く声に内心頷いている私がいることも事実でして、どうもなりません!(^^)!

  ただ、”俳句”を作句していると、心が自由になると言いますか?

  自分自身を解放しているし、真剣に自己分析が出来るような錯覚になって

  いるのは・・・不思議です(ーー゛)

  きっと”俳句”の原点というもの(これは私が勝手にそう感じてる)に対して

  その人の生きざまや、生き方、人との巡り合い、人生の流れ、自然などを

  不安定な状況を見せることなく、心を(黙)してその1瞬に凝縮させるだけの

  全てが備わっているからだと解釈しているのですが・・・(ー_ー)!!

  だから、感動が生まれ、恍惚感もあり心裡は{円か}になっていくのでは?

  まあ、理屈的に物事を言いたい「ええ格好しい」の部分が垣間見られ結構

  恥ずかしいのですが・・・(#^.^#)

  そんな風に自分を感じているんですが、何か問題があります?ふふふふ

  日本には素晴らしい(四季)があります。そして[日本語]の豊かさは他の

  外国語の追随を許さない語彙の豊富さがあります。

  (四季)は全ての時間を惜しみなく、すべての人々に平等に分け与えてくれ

  その上に自然の営みが加味されて生きるエネルギー源にもなっています。

  感動も感激も倍増される喜びがあり、そこには、穏やかで、温かさもあって

  厳しさの中の怜悧さは素晴らしく感興をそそるものでもあります(*^_^*)

  人間の細やかな情愛や真情は日本国に生まれ育った事実と土地柄から

  育成された独特の人情味は(四季)がある幸福の中で、芽吹き息ずいてる

  感覚があります。

  先人達の苦心の後をよろけながら・・・(>_<)時々、躓いてはやっとの思いで

  這いあがる様は見苦しく・・・恥辱を受けている感じもありますが・・・(~_~メ)

  その程度だと自覚しているから(-_-;)今の所は、平然と図太さを発揮しつつ

  書き続けていられるのだと思います  m(_ _)m

  興味のない方には「何のこっちゃ!」かもしれませんが・・・はははは

  水無月の訪れ、そして、梅の実が黄色と変化し、梅雨間近になって・・・

  いわゆる{芒種の時期}でもあり、青田が瑞々しく広がりをみせて映しだす

  風景は一興があって良い季節ヽ(^o^)丿

  自然の生命が溢れ讃美を贈りたい季節に歴史の中から育った{季語}は

  文化であると信じます。

  しかし、これも時の流れの中に埋没されていく言葉が多くあって、一抹の

  寂寥感は拭えませんが(-"-) また新しく作り出される{季語}も数多あり

  時の流れとはそういうものかも知れず、そんな現象にも眼を瞑るだけの力

  が自分の中に備わってくれることを期待してもいるのですが・・・( 一一)

     ★今日の俳句5句です★

         ◎初蝶の希少価値など引き摺るや

         ◎趣きは勿忘草の黙しかな

         ◎蚕豆の発意奔出闇の中

         ◎まき散らす架空の空や時鳥

         ◎感性の区切り清らか青田波
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徒然なるままに・・・”俳句”
2009/06/03(Wed)
  近頃、特によく言われる言葉に「そんな生き方だとしんどいでしょう!(^^)!」

  が多い。自分ではそんな風に考えたことはないのだが・・・(;一_一)

  どうも、そんな様子に映っているらしい。

  堅苦しいと言うのか融通が利かないと言えばいいのか自分のことゆえに

  正直解らないのだが・・・(ーー゛)

  例えば、この地に越してきて、1Fに住むことになった。今までは高い階に

  いたせいか、物音も生活音も出来るだけ神経を尖らすようにして、静かに

  暮して来たつもりです。

  でも、現在は上から物は頻繁に落ちて来るし、拾うことさえ全くしない。

  1度、越してきて数か月経ってから、お布団を干している時に上から水が

  降ってきたので、大声で「止めてほしい」と叫んだ。 その後、上の階の人

  が「子供のしたことで申し訳ない」と謝りに来てくれた。ちょっと、私自身も

  恥ずかしくて、言いすぎたかもと思いお互いに謝った<(_ _)>

  この話は以前にも書いたのだが、私の中では強烈な出来事だったから。

  それからは、多分「下に煩い小母さんが越してきたので気をつけよう!」

  が行き渡ったのでしょうか?それ以来、物は落ちて来なくなった(#^.^#)

  本当に、下着[若い女性]から靴、タオル、Tシャツ、玩具、洗濯を干す

  金具などが多く落ちていて燃えないゴミの日に分別して捨てた(ーー゛)

  そんな話をすると、決まって「世の中には色々な人がいる」「気にし過ぎ」

  だと言われる。そんなことで、一束に括られることが本音では許せない。

  すると、「私は人を許すことが出来ない人」だと言われる(--〆)

  {普通という境界線はどこなのか}・・・もう、理解不能になっている!(^^)!

  何でもありだし、何でもまかり通る世の中は矢張り(変だと思う)感覚が

  間違っているのだろうか?

         ▼時折、訳が分からなくて情けない気分になる▼

  まるで、「進を知って、退くを知らない」と言われているような錯覚がある。

  自分の中では「頑固さも愚かさも能力の無さ」も充分知っているつもり(~_~;)

  しかし、{普通感覚}は何処かでずれてしまった<(`^´)>現代の情報過多に

  視覚から入ってくる情報の豊富さに翻弄されていて、正体を見失っている

  のが現状なのか・・・(ー_ー)!!     定かではないが/////

  こんな生き方しかできないし、それが性格[いいえ性癖」だと信じ生きて来た

  歳月は何だったのか?と思わずにはいられない・・・(・_・;)

  勿論、言われることも言ってくれる人の心情も有難く心を打つし、内面的には

  納得もできるが・・・( 一一:)

  勘違いの人生でも、自己を高揚させるものなら、思い込みも又、幸せだと思う

  のは「生き方としてはしんどい」と人には見られるのだろうか?

  不器用でそういう生き様しかできない人は沢山おられると思うが、私のように

  考慮する暇人はいないのかも知れませんね。

  確かに、大したことではないし、どうでもいいのかも知れないが、人間としての

  中軸が確実に歪さに変化してきていることは事実に思えてならないのです。

  頭の重さを軽く切り替える柔軟さは何によって育つのか?本音は何1つ要領を

  得ていないのが現実の状態です(-"-)

  それでも、この世に存在している以上、考えて生きていかねばならないと思う。

  そのことさえ、偏屈な性格だと言われると、どうしていいのか・・・(>_<)。。。

  見当さえもつかず、結構{悩みの種}を抱え込んでしまった気持ちもあります。

  鳴神月に入り、ふっとそんなこと考えてしまいました(×^o^×)

  きっと「暇だからそんなこと、考えるのでしょう」・・・と言われそうですが(^_^;)

      ★今日の俳句5句です★

          ◎妖艶な魔力に動く水中花

          ◎さまざまを慣れて生きぬく更衣

          ◎おだてつつ鳴神月の裏の顔

          ◎生きしこと一心不乱水打てり

          ◎幽玄の美銘記しており滝飛沫
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徒然なるままに・・・”俳句”
2009/06/02(Tue)
  なぜ、遺言書を毎年書くようになったのかには幾つかの要因があります。

  昔は、お金持ちだけが財産相続などがあるために書いておくのが常識と

  されていましたし・・・(ーー゛)私自身もずっとそう思っていました。

  しかし、何人かを見送って(はた)と思ったことがあり、自分の人生だもの

  お金なんて関係なく生き方、生きざまは自分の手で終焉させたいと思う

  願望が凄く強くなったのです・・・(;一_一)

  何より、自分の言葉で伝えたいと言いますか?遺しておきたいと思った。

  多分に人よりも{起死念考の感情が激しく、常に考えている}せいではと

  思われてなりません・・・(ー_ー)!!

  つまり、死に対する自分の中の意識度が異常に高いということなのです。

  そんな訳で、自分が望む葬儀や病気に対する考え、事故かも知れないが

  納得したいという自己姿勢の確認のために毎年書いているのです(*^_^*)

  それは自己意識の挑戦であり、1年間を通して頑張って生きてこられた

  自分自身を満足させる自分流のご褒美なのだとつい最近ですが・・・(~_~;)

  そう捉えることができるようになりまして・・・{自身の免罪符}として確実に

  誕生日の夜に書くことが当然のようになり・・・去年の書いた用紙を粉々に

  シュレッダーにかける時は・・・1年間の感謝と、又始まる年への心構えを

  痛切に感じつつ書いています(--〆)

  既に20通も書いていると、さすがに慣れたもので、下書きができている故

  1時間も掛らず書きあげている有様で寂寞感に心が充満されます( 一一:)

  それも、この頃はそう長い時間ではなく頭の切り替えというより書き終えた

  安堵感と、一切捨象する心が成育出来たのかも知れません(ーー゛)

  それは良いことなのか解りませんが、自分の人生をもう1度確実に見直す

  時間になっています。

  精神的にかなりの要素が入っているので・・・それを読む子供達の影響は

  推測できず申し訳ない感情も多々あります・・・(>_<) 

  それでも、どうしても最期の願望で我儘だと理解出来ていてもこれだけは

  譲れずに可能にして貰いたい気持ちの方が絶大なのです。

  自分の生きていた証は2人の子供の心にだけ有れば良いと思っている。

  授与された生命としての責任は既に決済されているのか・・・!(^^)!!(^^)!

  これから先なのかさえ見当もついていないが、この世の流れの迅速さに

  オタオタしているこの転換期をどのように乗り越え生きていけばいいのか

  常時考えているし、何時でも、過去世からの迎えを自己満足の中で飛翔

  できるように心積りを持っていたい望みが強い(#^.^#)のです。

  沢山の人の本や意見を聞いて答えが出せる問題ではなく個人の固有の

  人生観だし、誰かによって啓蒙されたり触発されたり、共感できる事では

  無いと思うから・・・(・_・;)です。

    ▲毎年決して同様のことを書き遺しているのではないのですが▲

  浅薄で度量もない人間としては自分の範囲や幅を広げる道もあり、然り

  だと考慮する時間も与えられる機会もあるのですが・・・(~_~メ)

  こんな性格だし、頑なな思考回路を方向転換させるにはかなりの準備と

  計算も必要です(--〆)

  そこまでする値打ちがあるとも思えず塵、芥と化する前の微少な人生の

  中を泳いでいる木くずの足掻きを見せる余裕などは意味もなく不必要。

  だから、自分の言葉で最期にして欲しいことだけ書き続け綴っている。

  まあ、こんなところでしょうか・・・( ^)o(^ )そして、また、新しい1年が来た。

       ★今日の俳句5句です★

            ◎ときめきは脅威となりて夏嵐

            ◎若葉風宙を飛び出す魂かな

            ◎使い切る牡丹の生命風軽ろし

            ◎寂寞の塵踏む夕べ薔薇かな

            ◎水無月や自然に任す流れあり
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徒然なるままに・・・”俳句”
2009/06/01(Mon)
  出来るなら、この世で解決したい問題があって(-_-)時折心を締め付ける。

  少々、大仰だが・・・(@_@;)ずっと、想い続けていることがある。

  先日、誕生日があって、遺言状を書いていて、そのことを思い出した。

  主人が亡くなって20年、ずっと毎年誕生日には遺言を書いてきた(ー_ー)!!

  財産など全く無いのだが、お葬式と病気治療については自分の納得した

  方法でしたい願望があって書き続けては破ってきた(-_-)

  その時に、矢張り「あの世まで持って行くのは辛いなぁ」と思って何とか

  生きている間に解決したいと思っていることがあるんです(;一_一)

  それは、友人を失ったことです。凄く大切にしていたつもりだったけれど。

  ヨーロッパ旅行から帰って来てから、ぱったりと彼女とは音信不通になり

  何度か手紙も書き、TELもしたが!(^^)!さっぱり返事もくれなかった。

  彼女の怒りがどれ程のものか改めて何度も感じた。懸命に謝ったつもり

  だったが・・・(~_~メ)とうとう疎遠になってしまった。

  旅行中に彼女を怒らせる事を私がしてしまったからです(ー_ー)!!(ー_ー)!!

  彼女は昔の地方だけれど、子爵出身の女性で、本当に優雅で温順な人。

  淑やかで上品で、温情あふれる女性でした。

  彼女からはどれだけ人間として、女性としての[品性][理性][教養]を

  教えてもらったか計り知れない <(_ _)>

  それなのに、私は愚か者ゆえ、言ってはいけない言葉で彼女を旅先で

  深く傷つけてしまった( 一一:)

  自分ではそんな気持ちは全くなく、普段通りの会話の中で、触れては

  いけないことを軽薄にそれも上から目線、傲慢で不遜な態度だった(/_;)

  帰国前日で、心が緩んでいたせいもあったし、長い時間を一緒の部屋で

  過した安堵感や慣れがあったのだと思う。 当初、原因に気ずかず(>_<)

  その程度の能天気さで、無恥厚顔でした・・・(--〆)

  慣れるとは恐ろしいもので、聞いてはいけないこと、(禁句を発すること)

  もあって{慎みの欠如}だったと大後悔したのだが・・・(ーー゛)遅かった。

  誰だって触れて欲しくないことはあるし、親しいが故にこの言葉は禁句で

  お互いの中で、暗黙の了解があり、決して踏み込んではいけない場所が

  あり{親しさとはそれを含有した上での品格である}と思います。

  それを犯した罰を未だに背負っている・・・( ;一一;)

  もう10何年前のことだが・・・解決されていない汚点として沈澱してる!(^^)!

  だから、友達を選ぶことにかなりの神経を使うし、沢山の人と仲良くしたい

  願望もない。元来、人と関わることに抵抗がある。色々な意味で(~_~メ)

  その辛さが身にしみているせいもあるが、余り、人が好きでないし一人の

  気楽さ気軽さとは比較出来ないからで・・・(-_-;) もある。

  何気ない言葉で人を傷つける無神経さは結構哀しいし、品性の欠如です。

  そう思うと、狭隘な心と頑なな感情の支配で心裡が浅薄になっても、まだ

  その方が私には楽だと思えるからです(ーー゛)

  信愛の情を溢れんばかりに注いでくれた彼女の心の中へ土足で上がった

  愚かさは取り返す術もなく・・・(・_・;)途方にくれ、何度もわび状を書いた。

  でも、1度も返事は戻って来なかった。

  多分、私の品性に問題があり、彼女はそれが許せず、友人の枠から抹殺

  することをセレクトしたのでしょう・・・m(_ _)m

  慣れ過ぎた言葉も不快だったのでしょうが、そんな行動をとった私自身の

  応対に嫌気がさしたのだと思います。友人とは難しく、凄く面倒なもの。

  親しくなると余計なことが見えるし、親しいが故に決して立ち入っては

  いけない箇所や相手が守護している心情を察知できる能力と賢明さが

  要求されるし、多分に必要なことだと思う( ^)o(^ )
 
    ☆☆(品性は特に)これは思いがけないところで暴露される☆☆

  いかに裕福で利口な人であっても、(品)は隠せないものだ。育った環境

  が如実に何処かでボロをだすものだから。

  品格や品性は身体に染み込むもので、隠蔽のしようがなく、愚かで屈辱な
 
  言動をどこかで表出しがちである。それを本人は気付かずすることが多い。

   ▲どんなに親しく愛情豊かな人でも品性だけは譲れない部分がある▲

         ★今日の俳句5句です★

            ◎老いし身に不完全なる夏の来て

            ◎巡り合う生きし力やえごの花

            ◎今生の紫陽花の花衆目す

            ◎夏の潮持ち倦みたり荒磯かな

            ◎束の間を積り積りて杜若
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