洗濯
2008/10/31(Fri)
我家には洗濯機がない(ー_ー)!!
息子と一緒にいた時は日本製の大型があったので・・・・その上お手伝いさんも
居て、毎日、シャワー室前の籠に入れておけばして貰えることになっていた(^u^)

洗濯物は乾くと畳んで部屋に入れてくれていました。所がこのビルに来てからは
ずっと、手洗いをすることになったのです(-"-)

洗濯機を買えなかった訳ではなかったのですが・・・・一人だったから(;一_一)

シャワー室が狭いので、1Fの台所にある、野菜などを洗う、大きい洗い場で、毎朝
ポリバケツで洗っています(*_*)

大きいシーツや布団カバー、バスタオルなどは濯ぐのに時間がかかるため早朝
より洗い出し、結構な時間がかかります。それから、屋上にあがり、干すのですが
まだ薄暗くて・・・・それでも、屋台の小母さんやお店は煌々と灯りがついていて
賑やかです(*^^)v

私は朝型で夜が本当にダメな人だから、この国の朝の早さは身体に合っていて
快適です(*^_^*)

私以外にこんなにも沢山の人が早朝働いているのだと思うだけでも元気( ^)o(^ )

雨季の時期はさっきまで晴れていた空が急変するので5F屋上を往復することも
多々あります。

ザァーと降った後は嘘のように激しい日差しが戻るためまた、5Fに駆け上がり、
入れたり出したりといい運動をする日もあります( 一一)

1番辛かったのは、しゃがんで洗い物をする習慣が無かったものだから・・・・
腰痛になってしまい、それが結構きつかった・・・・(・_・;)

毎日、湿布を貼付したり立って洗ったり、イスで座りながらもしましたが・・(+o+)

      ★しかし、「人間の慣れ」とは凄いです(@_@。★

今は30分位、しゃがんで洗い物しても平気になったし、道路で物売りの人と
話したり買い物をする時もこの国の人と同様にしゃがみ込むことが出来るように
なったんです(^.^)

そうそう、固形石鹸を使用することも覚えてずいぶん沢山購入しました。以前に
シャンプーの時に話ましたが、どれがいいのか分からないからこれも大袈裟に
言えば片っぱしから使ってみました。

良い香りの素敵な石鹸に出合えてこの次もこれをと思って出掛けても、滅多に
同じ品を買うことは出来なかった。それほど利用者が多いというのか、それとも
輸入品が多いのか分からないが(~_~;)

  {{ちょっと、不思議に思うことに洗濯物の干し方があります(-"-)}}

別段日本式と言うものはないと思うのですが・・日本では大抵が下着でも広げて
干しますが、この国ではどうしてか、女性の下着、ブラジャーは広げては干さない
人が多いです。

   ★ 「女性としてのたしなみなのでしょうか?」★

金網のフェンスに直接掛けたり、針金の上にかけたりしています。勿論、竹竿も
紐などもあるんですが・・・・まあ、どこの家を見ても、いい加減に干している感じ
がします(#^.^#)

どんな干し方をしても、この暑さですから、すぐに乾くからでしょうね・・・・・
それでも、ここに来た当初はどうして丸めたまま干すのか、また、竿に広げず
何枚も重ねて干すのか凄く不思議でした(-_-メ)

要するに、そんなことは大したことでなく、どうでもいいことなんだと最近気が
付いた有様です(-_-メ)

       とにかく {{なんでもあり!!}}      なのですヽ(^o^)丿

洗濯物だけでもこんなこと、考える私こそ変人かも知れませんね!(^^)!
スポンサーサイト
この記事のURL | ヴェトナム | CM(0) | TB(0) | ▲ top
”さくら”  (2)
2008/10/30(Thu)
息子が人生の岐路に立った時、会社を辞めて帰ってきた年があった(^_^;)
ほんの数か月しか一緒に暮らさなかったが・・・・その年は2人で岐阜県の
”さくら”見物に車で出かけた(*^_^*)

        {{そうです ”根尾の薄墨桜”}}がみたくて・・・・

岐阜県は“さくら”の名所の多い所でとても有名なのですが、何といっても
1000年以上も咲き続けているこの桜にどうしても出会いたかった(*^^)v

この老木は沢山の突っ支い棒に支えられて、痛々しく、これほど、健気に
生き永らえているのかとそう、思うだけで胸が痛んだ(ー_ー)!!

精一杯の生命力を振り絞るかのように…咲いている姿は儚なさすぎるとさえ
思われた(;一_一)

これだけ強い生命力は大勢の人達の心と優しさ助力なくしては生きては
これなかったでしょう・・・に。

    ☆自身が持っている逞しい生命力と絶え間ない人間との共存によって

         生かされているこの老木は”さくら”の神様かも知れないと

              思わずにはいられなかった☆


きっと、数年前まではこの小さな村にひっそりと宝物のように咲き、村人達を
ほっこり、させてくれていたのではないだろうか・・・・そんなことを思った(^.^)

村人や見物客に惜しげもなく満開の姿で歓迎してくれたに違いない(^v^)

しかし、今は情報が満ち満ちて遠方からバスツアーが来て、集団の見物に
なっていました(@_@;)

周辺は大きい駐車場ができ、お土産品なども声を嗄らして客寄せしてる。

時代の流れとは言え、不愉快な感じがしたのも事実で、がっかり<`ヘ´>

この老木はどれだけの数の人達と出会い、1000年と言うとてつもない時間
に息も絶え絶えになりながらその姿を晒してきたのだろうか・・・・・・・

      ☆切なさが先だって、哀れであり、哀しい”さくら”☆

      そんな心情で私の心に入り込んできた!(^^)!!(^^)!!(^^)!

長良川の河畔に咲く”さくら”は優しくてしっとりとした風情があって、好ましい(*^^)v
本当に岐阜は名所が多く、中将姫が愛した”さくら”もとてもよかった!!

   「高山の町並みに咲く”さくら”も興味があり、堪能させてくれた・・・」

ずっとずっと、山深く入って行くと、名も知らない山里に大木の里桜があったり、
山桜が色合いも良く、元気な姿を突然、見せてくれたのも品があって・・・・
素晴らしかった(^_-)-☆

車中から見るのが惜しくて、何度も車を降りては感動しました(#^.^#)

”さくら”との出会いは私が生きている間、多分続くことと思います(*^_^*)

まだまだ出会いたい”さくら”があり、待っていてくれるであろう”さくら”に
恋慕の情が数多あるんですヽ(^o^)丿もの
この記事のURL | ヴェトナム | CM(0) | TB(0) | ▲ top
””さくら””
2008/10/30(Thu)
桜を語る時、私のこころは何時もざわめく…・散り際の潔さ、満開時の見事さ
いずれをとっても私にとっての”さくら”は大きなエネルギー源です(*^^)v

去年はこの国にきて、”さくら”に会えない年になり、本当に寂しく(;一_一)
辛い春だった。だから、今年は早々と帰国して”さくら”を待っていた。

”さくら”を追いかけ出会いを求める様になってもう、何年になるのだろうか?

幼児体験で父の故郷の小川で「花びら」を何処までも追いかけて行き、帰路
が分からなくなって泣いた思い出がある(ーー゛)

多分、それが私と”さくら”との出会いであり、それから絶えず私の中の”さくら”
は活力源となって行った・・・

昔は、学校、役所、病院には必ず“さくら”があった気がします・・・そして、毎年
忘れずに開花し、その美しさを見せてくれてさあーと散っていく(*^_^*)
それは本当に心を満喫させてくれる瞬間であり、生きる力になっていきました。

結婚して北海道に渡った時は、本州よりも1か月は遅い{桜前線}にイライラしつつ
待っていたものです(*_*)

ゴールデンウィークと前後して開花する北の街の”さくら”はほとんどが゛山桜”で
染井吉野は少なかった。それでも、開花宣言があると、心が浮立ちだすのです。
北国の”さくら”は函館から釧路まで追いかけたことが何度もあって・・・・・

いわゆる名所と言われる”さくら”には{島}を除いてすべてを網羅した(#^.^#)

最後に咲く厚岸の”千島桜”を見終わると私の中でやっと”さくら”の季節を終焉
させたものです(^_^)/~

ずっと、北の街で待っていたばかりではなく出来る限り出掛けては、あちこちの
染井吉野に会いに行きましたねえ・・・・・勿論、東北、関東、北陸、関西、四国
などなど・・・九州は行ってないのです(・_・;)

主人が亡くなって札幌を去ってからは、関西地方の”さくら”との出会いが多く、
特に京都は数えられないほど出かけました。

         {{こちらは殆どが染井吉野ですが}}

何時出会っても、その可憐さと健気さには哀れと寂しさ切なさを感じさせてくれ
生涯のこころの拠り所となっていきました(^_-)-☆

京都は早咲きから、仁和寺の御室桜まで結構長く通うことが出来、それは嬉しい
時間でもありました(^-^)

”さくら”については、ただただ、心騒ぐ花として、エネルギー源としてパワーを
貰う私ですが・・・・詳細なことはよく知らない(ー_ー)!! 今のようにPCの普及がなく
本だけが頼りだった頃の”さくら”との出会いですから・・・・・

それでも、もう、かなり前になりますが・・・・どうしても忘れられない“さくら”との
出会いがありました(*^_^*)(*^_^*)(*^_^*)

      今迄に一度も会ったことのない”さくら”でした(^_-)-☆

この”さくら”に出会った時は身体が震え、涙が出ました・・・胸が締め付けられる
感覚が突然やってきて・・・感動で涙が溢れてきたのです(~_~メ)

          {{京都原谷園の紅しだれざくら}}(#^.^#)   でした

今は、もう、すっかり有名になってしまい、それほどの感動もなくなってしまったのが
何よりも残念です(^_^;)

個人のお庭で、それを拝見させてもらえたという感慨もありそれはそれは見事であり
この感動は一生消えない程の素晴らしさ(*^_^*)☆☆☆ 3つ でした。

人それぞれの感じ方があると思いますが、ただ、美しいとか綺麗という感情ではなく
余りにも彩鮮やかで・・・かえってそれが{{私の心の裡を刺激して}}

   ”””あわれ”””  を誘ったのです…寂しくて、可憐で愛おしい感覚でした

今年の”さくら”は色合いが余り良くなくてがっかりだったが・・・・・・・

     最大の出会いは長野県の☆高遠の小彼岸桜☆でした

桃色に霞み、小さな花びらが精一杯たわわにつき、咲いている様は素敵(^_^)/~
アルプスを背景にして見える”さくら”も一興です。辺り一面ぼぉーとピンクの霞に
覆われた様子も見事といえます。

ただ、この地も観光化され過ぎて、まあ、想像を絶する車の渋滞に閉口しました。
余りにも有名になりすぎたのでしょうね・・・・・<(`^´)>

来年はどこの”さくら”に出会えるかしら?
              
この記事のURL | ヴェトナム | CM(0) | TB(0) | ▲ top
カウントダウン
2008/10/29(Wed)
前記しましたが2時間の時差があるので、午後10時に“紅白”が終わり私は
ちょっと着替えて、外に出て行きましたの(*_*)

いえ、ホテルの中です。部屋の真下がプールで、その半分をステージが出来
その騒がしさに心惹かれたからです・・・プールの周囲には沢山の椅子が並び
テーブルの上には様々な食べ物が置いてありました(^.^)

その横では生バンドがまあ、まあ、話声など何も聞こえない位の音量で音楽を
奏で、ジャズを歌っていました(^_^;)

座る場所がないので、仕方なく周囲をゆっくりと歩いていると、プールの真上に
つまり、私の部屋の下に大きい網があってその中に風船が色取り取り入って
いて吊り下がっていました。

また、プールの中にもびっしりと風船が浮いていました・・・・(@_@。

さっぱり、椅子が空かないし、人の多さと音楽の大騒音に疲れて部屋に戻ろう
と思いました。ファミリーが多く、子供の声にも慣れていなくて(ーー゛)

さて、またまた、お風呂に入りました。2回目ですから・・・今度はゆっくりと・・・
時間をかけて、垢磨りを念入りにし、バブルもほどほどにし、足のスリスリもなく
上がりました  あははは

さて、何をしようかと思い、外音の猛烈な音に圧倒されて(-_-)zzzなどできず
仕方なく、窓際にある風船の行方も気になっていたので、窓側に椅子を出し
そこに本とビールを置き、読みながら、飲みながら時間を過ごした(-_-;)

少し酔ったのか(-_-)zzzくなったようで・・ベッドに入ったら眠ったのでしょう!!

      ””突然、猛烈な音で飛び起きました(@_@;)””

      「時計を見ると12時まで15分前でした(^◇^)」

ああ、そうか・・・{カウントダウン}が始まるのだと気が付きました(#^.^#)

窓の下を見ると網に入った風船がゆっくりと降下して行くところでした。人垣が
プールサイドに集い、それはそれは賑やかな様子。風船がプールサイドに降り
網が外され・・至る所に風船が舞い、またプールの中の風船も溢れでて・・・・
いました(@_@。  
          {物凄い数の風船でした(^-^)}

   {{音楽が一段と大きくなって・・・そして・・・・・静かになりました}}

        ☆カウントダウンに入ったのです(*^^)v☆

途端に爆竹のような音があちこちで起きてそれは長く長く続き、プール中の
風船を割ってる人や飛んできた風船を必死で掴まえている人、人、人・・・

あらかたは、手に持っていたのを割ったようですが、(^_-)-☆!!楽しそう

      ””すごーーーい音でした!!(●^o^●)””

       もう、もう、大騒ぎでした( ^)o(^ )( ^)o(^ )( ^)o(^ )

どの位その音が続いていたか分かりませんでしたが・・・・静かになった後は
風船の割れたクズが点々とステージから、プールの中、周囲まで落ちていて
不思議なほど綺麗でしたね・・・(^◇^)

      「散乱している色合いの美しさとでもいいますか」

          妙に感動しました(*^_^*)(*^_^*)

大半の人々が去った後。静かな音楽の中、踊る人もいて、新年になった感動
がじわりと襲いました(^^♪( ^^) _U~~

とにかく、何もかもが新しい経験だから・・・新鮮だったし、異国で新年を迎える
感覚にちょっぴり{心震える感動}がありましたねえ・・・・V(*^^)V

翌朝、下を覗いたら、プールの中も周囲にもあの風船のクズが1つもなくて
夜通し、片ずけた人達がいたことを知り、綺麗になっていたことに感謝しつつ

      ”ごくろうさま!!そして、楽しい時間を有難う<(_ _)>”

      「「不可思議な感動と感覚で年が明けました」」

             
            ★おめでとう★とつぶやいた私です
この記事のURL | ヴェトナム | CM(0) | TB(0) | ▲ top
ゴージャスな年の暮れ(E)
2008/10/28(Tue)
想像していた予定がすっかり駄目になり、がっかり・・・・(;一_一)
(土台、無理だったのでしょう・・・) ね。

気持ちを変えて今度は”紅白”を見るために、持参のお弁当を食し、ビール
おつまみなど、テーブルに並べ{いざ!紅白}の心境でした!(^^)!

いえ、いえ、(N)が好きとか”紅白”が大好きなんて言うのでは決してない
のです(念のため*)  ただ、日本のTVに飢えていただけ(-"-)  で、
気合が入っていたんです(#^.^#)

最後迄、確りと見ましたが、何1つ、情報がなかったもので・・・・誰が出る
とか、どんな歌が流行っているのかさえ知りませんでした(^_^;)

だから、批評など出来ないけれど・・・

       (ちょっと{リハーサル}やり過ぎとちゃう?)  て感じかな?

なぜだか、皆、疲れた感じがしたし、お喋りが白々しい・・・・(~_~メ)

そう思ったんですが・・・見知らぬ歌手が沢山出てて面白く無かった(・_・;)

    {{中年小母さんにはそう映ったのは僻みだったのかしら?}}

印象に残ったのは?ともし、聞かれたら・・・・浜崎あゆみの衣装ですね。
あのドレスは(人形)みたいで凄かったし、綺麗だと思いました(^-^)

これも、しつこく申しますが(決して彼女のフアンではない)小母さんの勝手な
感性です。

それにしても、少し意地悪く申せば・・・(N)のMCの女性アナはどうして何度も
着替える必要性があるのか・・・さっぱり分からず、何か勘違いされているのか
と思いましたが・・・・(ー_ー)!!

    ”ようわからん  社員でしょうに・・・”

日本と時差が2時間あるせいで、ここでは午後8時から放送したのです(^.^)

いままでは何時も途中までしか見ないで(-_-)zzzに入っていましたが・・・・
何年振りかで最後まで見たのです。

それにしても、この国で日本の年越しが味わえたことに感謝<(_ _)>
この記事のURL | ヴェトナム | CM(0) | TB(0) | ▲ top
ゴージャスな年の暮れ(3)
2008/10/27(Mon)
バスタブにお湯を張った。その湯量の多さに(@_@。
お湯の中にバブルの出る溶液を半分入れたら・…これがものすごく泡立ち
キャッキャものでした(#^.^#)

外国映画のシーンのように入り、身体中に真白い泡をつけまくりまして・・・

   ”バブル  ヽ(^o^)丿”と申しますか一人でに{ヒヒヒヒ・・・}と
              笑いが止まりません(^_^;)

ところが、バスタブが欧米用とでも言うのでしょうか?かなり大きいのです。

            大きすぎです(~_~;)

私も年齢の割には背は高い方だと思っていましたが、しかし・・・しかし・・・
足先が届きましえーーん(-_-メ)

その内に身体が(ふわふわ)と浮いてきて落ち着きつかず、取手もかなり
高い位置にあるものだから・・・・ようやく掴んでみたら、今度は動きが取れず
横にもなれず、寝ることも出来なかったのです(-_-;)

洋画のあのシーンのように片足を上げて(泡を一杯つけながら、スリスリ)を
したかったのに・・・ひっくり返ってしまいました(>_<) 
  
                 {馬鹿か?}


仕方なく、バスタブの中に(おっちゃんこ)しまして洗いました   とほほほ

       まあ・・・まあ、{出るわ、出るわ!! 垢でーーす}_(._.)_
       ボロボロと出てくるんです(/_;) 汚い話で<(_ _)>
    

1度目はこの位にして、後はまた・・・と思い上がりました。透明ガラス個室
シャワーが呼んでいるようなので、挑戦せねばなりません(*^^)v

    ガラスの扉を開けて入りました。でも、でも、何とも気恥かしい(#^.^#)

          ”四方がガラス張りの透明なのですよ(*_*)”

      誰が見ているわけでもないのに・・・妙に照れくさくて・・・・
      くすぐったいような感覚がするのです・・・・・

              ちょっと、(自意識過剰???)

ふと、気がつくと、シャンプーもリンスもありません、また、バスタブまで行って
取ってきました(-_-メ)  その時も出入りが何故だかこそばゆい感覚があり
ましたの(-"-)  のよ。

シャンプ-とリンスを棚に置こうと思い手を伸ばしたんです。ところが、(ここも
棚の位置が高くて)手が滑ったんです(ーー゛)

「あっ!」と思っってリンスを拾おうと思った途端に大きいお尻が蛇口の取手に
思いっきりぶつかって・・・・シャワー口から水が飛び出したんです(ー_ー)!!

     「ギャア!!」と大声で叫びました!!何も慌てることなどは
     なかったのに・・・・(・_・;)(・_・;)  超 はんずかすい (~_~;)

やっと、髪を洗い終え、バスタオルを巻きつけて出てきました。 そろり。
「そうだ、クローゼットにバスローブがあった」を思い出し、それを着てみたら
またもや、欧米用サイズだったのです!(^^)! 

腰紐が腰に来ないのです・・・・(;一_一) お腹の所でだらしなく垂れて・・・
仕様がなく、腰まで引っ張り上げて結んでみました。が、が、今度は上部
が大きいから思い切り(バラリ)と開いてきます。

ボインの人なら途中で突っかかりきっと、大丈夫だったでしょうが・・・・何と
言っても年ですし・・・引力によって、下降状態にあるもので…・(>_<)

肩から(はらり)と落ちてきます・・・・何度やっても同じ状態になる(T_T)

       {{腹が立って<`ヘ´>  誰に見せるんじゃい}} などと

心ので毒ずきながら・・・・かのスタイルに着替えたんです。


                               明日へ
この記事のURL | ヴェトナム | CM(0) | TB(0) | ▲ top
ゴージャスな年の暮れ(2)
2008/10/26(Sun)
(ピンポーン]「誰?」と思わずひとり言。とにかく、リラックスしまくりのこの格好
扉から覗いてみたが・・・・誰もいない(^_^;)
その場を去ろうとすると、また、(ピンポーン)仕方なくU字付きのままドアーを
開けた。
           そして、「どなた?」と聞いた。

太い足をみられたくないために身体を斜にかまえて・・・・です(ーー゛)

(水2本)を持ったホテルマンが立っていて「フリーです」と言う。なあんだ、水を
持参しなくても良かったのだ・・・何せ1日に2ℓは飲む人だから、最低の3本は
もって来ていたのに・・・・そんなことが頭を掠めて「サンキュウ!」 と(^-^)

まあ、これで、水の確保はOKだ。冷蔵庫の中の不必要品を出し、水を仕舞い
[ラッキー」なんて思っていた。

TVは久しく見ていないので、何をやっているのか、すぐに把握できず。ボケーと
見ていて・・・やっと、(言葉遊び)のようなことだと分かり、有名なゲストが出て
話していた。さすがに大晦日。 
   
なあんて・・・・日本に居たら今頃はTVなど見ている暇はなく忙しくお節の準備を
しているだろうに…などと考えていた(^u^)

       (ピンポーン)また、誰か来た様子???

先程と同じスタイルで応対(-"-)  今度はホテルの女性が四角い紙袋をくれて
「ホテルの新年のカレンダーです。フリーです」と言う。私は何も考えずにそれを
受取り、彼女が「よい年を!」と言ってくれたので「貴女もね」なんて言って・・・・
ドアーを閉めた(*_*)

どうして「フリー」と言うところに強いアクセントが付き何度も言うのか不思議に
思ったが・・未だ、私の中では何も気が付いていなかったのですその時は★

「何か変?」だな・・・・日本語で「ただです、ただです」と言われているような気
がして・・・でも、まあ、いいかとか思ってしまって・・・・(;一_一)

中はPR用の素敵な冊子と卓上のカレンダーが入っていた。有難くバッグに入れ
又ぞろ、ベッドに横になろうとして・・・「そうだ!お風呂に入ろう」と思いなおして
バスタブにお湯を張らねば・・・・(^◇^)

10月末以来、シャワーしか使用していなかったので、今夜は何度も入ろうと
決めていました( ^)o(^ )

      ””身体中の老廃物をたくさん出してやるんだ  ウヒヒヒヒ””

        と意気込んできたんだから・・・・(#^.^#)

         ”(ピンポーン)(ピンポーン)またまたです(-_-メ)”

「今度は何?」少しムカッとしつつ、覗くと女性が2人立っていてバスケットに
フルーツを載せ、お皿とナプキン、ナイフ、フォーク、フィンガーボールを持って
中に入ってきた。フィンガーボールの中には(バラの花びらが、赤、白、ピンク)
と浮かんでいたのです(*^^)v  
                  {{可愛いかった(^_-)-☆}}

      ”そして、またもや「フリーです」とのたまう!!3回もですよ(-_-;)”

気がつかない私も悪かったが・・範疇になかったもので、どうしようもない。

        {{勘の良い方はもうお分かりでしょうが}}  (~_~メ)

鈍いし、慣れない扱いにいっぱいいっぱいだった私は正直、全く気ずかずに
理解していなかったのです(-_-メ)

バスケットには蜜柑、タンロン、梨、柿、モンキーバナナが入っていて・・・
凄く(*^^)v

それにしても「フリー」「フリー」が煩いと思って・・・

 ★その時、””はたと””気が付いたのです(ー_ー)!!(ー_ー)!!(ー_ー)!!★

 {{そうなんです。私(チップ)のこと、すっかり忘れていたんですね<(_ _)>}}

誰にもあげなかった_(._.)_    申し訳なかったとそう思いました(・_・;)

私の頭の中では「フリー」「フリー」の言葉が渦巻いていて(チップ)のことなど
片鱗さえ見せず本当に全く気がつかなかったのです!(^^)!!(^^)!

この国は必要がないと聞かされていたせいもあるのですが・…矢張り、ここは
必要だったのではないかと(-_-;)そう思いました。
だから、何度もやってきたのでしょう・・・・(^_^;)

後日、聞いた話では必要はないけれど、このクラスのホテルでは(チップ)は
顔が利くでしょうね・・・と言われた・・・・・(;一_一)

この国の毎日の生活からは想像など出来なかったのが本音です。これが
海外旅行へ行っていたのなら、まあ、すぐに気が付き恥をかくことは多分・・

なんて、自分に言い訳して沢山の人があげているだろうから・・・私一人なんて
大丈夫に違いないなどと、考えまして・・・・ 心を落ち着けました<(_ _)>

しかし、だから、帰って目立って「あの日本人の小母さん、すごくケチだよ」
と言われているやもしれないなあ・・・話題になっていたりするかも・・・・
なんて、妄想しながら・・・・・・

だって、本当に知らなかったのだから仕方ないと納得させました(/_;)

もう、そのことはもう忘れて、お風呂に入ることにしたのですが・・・・
無駄に神経を遣い、どっと疲れが出た感じがしました(-_-;)

                                  明日へ
この記事のURL | ヴェトナム | CM(0) | TB(0) | ▲ top
ゴージャスな年の暮れ
2008/10/25(Sat)
思いがけなく息子夫婦からプレゼントされて、大晦日をホテルで過ごせる事
になった(*^_^*)

今年から、年越しもお正月も全く無いものと思っていた!お節料理を作るの
も無しだし、着物を出して半襟を付け替えたり、折皺のついた着物、足袋の
アイロンもしなくていいのだなあと思っていた(^^ゞ

何時も、大掃除は日にちを決めながらしていたことも・・全てなくなった。
その変わり、新しい生活が始まるのだと心に不安と好奇心が渦巻いて
いたんです(-"-)

この年まで生きて来て、お正月の準備をしない年は喪中以外なかった(^_^;)
着物を着ないのもそうだとか年末が近ずいて、そんなことを思う日々でした。

”そんな矢先のBigPresentでしたからもう、すごーーく嬉しく興奮ヽ(^o^)丿”

ホテルはヨーロッパの有名ホテルのヴェトナム店とでも言えばいいかしら?
息子が迎えに来てくれて、バイクの後ろに乗っかって到着(^-^)
フロントへ行ったら、最上階での手続きだと言われたようで、エレベーターで
上がった。

座って待っていると、女性がジュースを運んで来てくれたので、それを飲んで
いたら、数分ほどして手続きが終わったらしく、息子がキャッシュを支払って
いるところが見えてしまった(*_*)

          {{ 感謝!!<(_ _)>感謝!!ヽ(^o^)丿}}

部屋の鍵を貰って、彼は「ここはよく知っているので」と案内してくれた。多分、
お客さんを連れてきたことが何度かあったのでしょう・・・

8Fの角部屋であった。まあ、一言でいえば広ーーい、美しいがピッタリ☆
結構、旅行好きで色々ホテルに泊まったけれど、ここはかなりハイクラスの
部類に入りました(*^^)v

興味津々の私はあちこちを開けて「ふーん」とか「わあ、アイロンも入ってる」
「バスタブ大きい!」など連発していました(^◇^)

息子は一通り見て「仕事あるから帰る」と行ってしまった。
日本と違ってこの国では大晦日は今日ではないから仕事も普通にあるの
です(ーー゛)

”一番驚いたのは、バスタブの横にガラス張りのシャワー室があったこと”

ベッドはキングサイズで、マットレスが2枚重ね分厚くて、ふかふか(^-^)
その上に大きなピローが3つとクッションが4つもあり、その上をベッドカバー
がかけてあり、カーテンと同色の長方形の布が掛けてあった。

重厚さの中にもセンスの良さが感じられ、落着いた雰囲気に満喫( ^)o(^ )

勿論、TVは衛星放送で、米、英、仏、中国、韓国、自国、日本、何処だか
分らなかったがアラビア語も流れていた。
スタースポーツ、スタームービィー、ニュースなどが揃っていた。
どのチャンネルを回して見ても画面が鮮明でとても綺麗だった(^_^)/~

冷蔵庫の中身もカラフルに揃っていた。上には、コーヒー、紅茶、好物の
ジャスミン茶もあり、飲み放題状態になっていた。

まさか、こんな部屋に泊まれるなんて想像もしていなかったもので・・・・
普段着と日本の100均で買ってきたショートパンツしか持って来なかった
のが残念だった(>_<)  (何時もこんなことばかりやってる私)

もっと、ちゃんとした服を持ってくれば良かったと後悔先に立たず(-_-メ)

でも、きっと、依頼しない限り誰も来ないだろうと高をくくっていたんです・・・・

そんなこと考えてても仕方なく、折角のこの機会をフル活動しようと思って
ベッドに(エイヤー)と飛び乗り、その弾力に大。大。大。満足。 (#^.^#)

それから、持参した“水”3本、”おやつ”、”おつまみ”、”本”、”常用の薬”
をテーブルに並べてベッドに引っ繰り返っていたんです(^_-)-☆

       その時     {{ピンポーン、ピンポーン}}

                                    明日へ
            



















この記事のURL | ヴェトナム | CM(0) | TB(0) | ▲ top
アンさんの思い出
2008/10/24(Fri)
ブンタウ出身のアンさんは私の初めてのヴェトナム語の先生です。毎週2回、
およそ1か月、我家に来てくれていました。さっぱり上手くならない私を励まし
小学生が使用するテキストを持って来てくれたり、アルファベットを型取った
スポンジの教材などを持参してまで発音の練習を手伝ってくれていた_(._.)_

ある日、約束の時間になっても来ないので以前にも書きましたがヴェトナム
の人は時間の観念が違うからある程度は分かっていたつもりだった・・・・・・
だから、ずっと待っていました。

でもお昼になっても来ないし、携帯の番号も聞いてなかったから・・・(^_^;)
都合が悪くなったのだろうとそう、思っていました(-"-)
でも、彼女は1度も約束を破ったことがない女性だったから、心中、ちょっと
不安もありました!!

       ”その日はとうとう、来なかった!!”

嫁と同じ日本語学校に行っているので、「アンさん今日見なかった?」と
聞いたが「会わなかった」と言う。「どうしたのかな?何かあったのかな?」
と・・・・心配していた(^^ゞ

翌日、お昼過ぎに彼女がやってきて「アパートに泥棒が入って、お金と時計、
携帯」を盗られたので、警察が来たり、出掛けたりして来れなかったと言った
のです(@_@。

          ””もう\(◎o◎)/!しました!!””

彼女が寝ているその傍で盗んで行ったそうです。警察で事情を聞かれてた
ので連絡もしませんでしたと言って詫びてくれたんです(^_^;)

思わず私は彼女を抱きしめていました。

   {どんなに恐ろしい思いをしたことでしょう}{辛かったことでしょう!!}

「ほとんど、眠れなかった」のでと青ざめた顔で興奮しながら、話してくれた。
「少し心が落ち着くまで休んで下さい」と言い「もし、アパートへ帰るのが嫌
なら泊っていかない?」と聞いたのですが・・・・

彼女は気丈にも帰って行った。責任感の強い女性だと改めて思い愛おしい
思いがした。何とか力になってあげたいと思ったが…喋れない弱味・・・
何も出来ない。

         ”” 凄く惨めだった!(^^)!””  私自身の力の無さ・・・・

1週間ほどして勉強が始まった時、泥棒が捕まり、時計と携帯は戻ってきた
と教えてくれた・・どんなにか恐怖があったかを思うと切なくて仕方なかった。
お金は戻らなかったようだ…日本円にして7000円(この国では高額です)

ご両親がすぐにやってきて「携帯を買ってくれたので2個になりました」と・・・
(^v^)って言ってたけれど、心中は察するに余りある感情だった(-_-;)

それから、先日のヴェトナム語の話になって、余りにも私の力がお粗末で
申し訳なくて・・・少し休憩を頂くことになったのです。
それが、先日書いたヴェトナム語に繋がるのです・・・・(;一_一)  が。

彼女とご縁ができて、ブンタウに誘われて遊びに行った時(蟻に刺された)
事件がありました(以前に書きました)(/_;)

彼女の実家は食堂をしていて、お母さんは歌手で英語が話せ、ホテルで
夜だけ歌ってしている様子。私達は招待されたホテルでお母さんの歌を
聴きました。

華やかな感じの美人で歌もとても上手だし流暢な英語で話しかけてくれて
(たじたじ)状態の私でした(-_-メ)

そんな彼女とはとてもいい関係で思い出したように遊びに来てくれていたの
ですが、私に事情があって一人で住むことになってからは全く会えなくなって
しまい残念でなりません(-"-)でした。

それから、暫くして私の方にどうしても帰国しなければならない用事ができ
帰ることになりました。嫁から聞いたのでしょう・・突然、TELが来て、見送り
に行きたいけれど・・・・と言われたのです。

その時は私、すぐに帰ってくる予定だったし、見送りなどしてもらうことなど
必要ないと思っていたから、真夜中の便だし、すぐに帰るから、若い女性
に夜中、見送ってもらうなど、思ってもいなかった。出来ないと考えていた。

そんなに大袈裟なことでもないし、もし夜中に何かあったら困ると思い
丁寧に断ったのです(・_・;)

私としては深い意味もなく若い女性だからとそのことばかりしか、頭の中
にはなかったんですが・・・・

後日、息子に叱られたんです(^_^;)
            「どうして相談してくれなかったのだ」と

自分では何も悪いことをした記憶がなかったから驚きました(@_@;)
なぜ怒られるのかが理解出来なかったからです・・・

   {しかし、そうなんです、この国の習慣では親しい人には・・・・}

この国では大袈裟なほど親しい人の送迎があることをすっかり忘れて
いたんです。  ””大バカ者””  でした。

      {{彼女は私が拒絶したと思ったのですね(;一_一)}}

少し経ってから戻ってきた時に、また、ヴェトナム語を教えて欲しいと
依頼したのだが・・・・あっさりと断わられた(ー_ー)!!


       ”そんなに私は酷いことをしたのでしょうか?”

正直、今も分かっていません。私はただただ、自分の日本人としての
感覚だけで、判断しただけだった。それが悪いのなら、もう仕方ないのだ
けれど。

  {どうしても、納得がいかない}  {でも、アンさん、<(_ _)>}

「決して、私は貴女を拒絶したのではないのよ」そう彼女に伝えたい思いで
一杯です。そして、会って誤解を解きたいと何度も思っているが・・・・

          会えないでいます(-_-メ)

















この記事のURL | ヴェトナム | CM(0) | TB(0) | ▲ top
ヴェトナムのクリスマス
2008/10/23(Thu)
日本では今頃、ホワイトクリスマスの処もあるかと思います。街はXmasソング
が流れ、デパート、商店街、そして、各家庭でも、ツリーやリースなどが賑やかに
沢山飾られている頃と想像しています(*^_^*)

勿論、この国でも大型デパートやホテル、店のショウウインドウ一面クリスマスに
ちなんだ装飾がされているのも目につきますし、ビルの窓にもそれらしく幕などが
下がっていて「ああ、クリスマスの時期なんだ」と思い出させてくれます(^_^;)

しかし、しかしです。何せ、この暑さですから、クリスマスの到来なんて正直なとこ
”感覚的”にピンとこないのです<(_ _)>

初めてのこの国のクリスマスをどのように感じるのか受け止められるのかが・・・
今の私の興味です(#^.^#)  まだ、1週間ほど前なのです!! が・・ヽ(^o^)丿

ホテルでは日本のように、クリスマスイベントも多々あって、雑誌にも確り載って
いますし、店頭に張り紙もしてあったり、それが綺麗に飾ってあったりもします。

例えば{{サイゴンのクリスマス}}{{厳かなクリスマスを}}などのコピーが載り

{{特別な日は特別な人と!!}}ディナー25㌦からとか、ビュッフェ20㌦から
などと、スペシャルが色々と掲載されてそれぞれをセレクトできるみたいです。

      ”この国でも特別な日となり「ホテルで食事をするんだな!」
               なんて思っていました(*^^)v”

しかし、周りを見回しても、そんなことは微塵にも感じられなくて、ただ、日々の
生活が忙しく流れているようにしか思えてなりません(~_~;)

この国のキリスト教信者は、国民のおおよそ1割とか、聞きましたので、当然
のことかも知れませんが・・・・

でも、お話を聞かせてくれたクリスチャンの人は、日本や欧米、ヨーロッパの
ように特別の料理を作ることもせずただ、只管、教会でお祈りをするそうで、
半可通の私などは想像もできないほどの厳粛さがあるそうです(#^.^#)

彼女が教会へ「一緒に行こう」と言ってくれたので、いい機会かも知ません
が、クリスチャンでない私などが行っていいのか疑問です(ー_ー)!!

家の斜め前に大きいビルがあって(ここはレンタルの会社で色々な国の人が
入居)しているせいでしょうか?ビルの屋上に豆電球が全体に点灯されていて
華やかで夜はとても美しい(*^^)v

また、サイゴンガーデンでは玄関に”メリークリスマス”の文字とベルやリボンが
ライトアップされていてこれも素敵です(*_*)

時々私は屋上に上がり、しばし暑さから逃れそのライトを見ていると、日本人と
して((Xmasを祝ってきた?))様々な思い出が蘇り、クリスチャンでもないのに・・

どうして、あんなに商戦に振り回されて、しなければいけないような感情があった
のか不思議に思いました!(^^)!

     {日本人は他人と違うことをすることに恐怖感があるのかな?}

なんて思えて過ぎ去った時間を遠く、嘘のように感じておりました(・_・;)

日本では当然のように、入ってきた文化、誰でも何処ででもしていた行事に
なっていたクリスマスを改めて、外国から感じている異様さにちょっと驚きが
ありこの国に来なかったら、きっとこんなことさえ考えることもなく、感じること
さえなかったそんな気が致しました^_^;

この国はクリスマスなどよりやはり””テト””日本のお正月のようなものが
大切なのではないでしょうか?
この記事のURL | ヴェトナム | CM(0) | TB(0) | ▲ top
或る一日
2008/10/22(Wed)
何時ものように5時起床。掃除、洗濯を終えて顔を洗っていたら・・・
(ドォーン)(ガチャーン)と大きい音がした(^_^;)
バイク3台の接触事故(^_^;) 家の前です!!  油が流れ出している。3人揃って
先ずは、故障を調べながら、大声で怒鳴っています(-"-)

しかし、1人が急いでいたのでしょうね・・・さっと行ってしまった。もう1人も異常なし
と思ったのでしょうか?去って行きました。 残された小父さんのバイクからは油が
流出していました。小父さんは「ぶつぶつ」言ってましたが、相手がいなくなったので
仕方なく押しながら行ってしまった(・_・;)    { お気の毒に}

        これがまだ薄暗い未明のできごとです(ーー゛)

外が明るくなってきました。お向かいの(氷屋)が作動始め、バイクの出入りが頻繁
になり、愈々、(今日)が始まる時間帯に突入(^◇^)

(氷屋)さんは朝と夕が特に忙しい。バイクに何㌔あるのか分からないが、ビニール
袋にびっしり詰め込まれた氷を5つ、後ろの荷台に積んで、前も手で押さえて1つ
持ち後ろに太いゴムをかけるだけで走りだす・・・すんごいです(@_@;)

俄に道路が騒がしくなりました。そうなんです。学生を乗せたバイクがドンドンと
通過して行きます。リヤカーに野菜を山積みした人、ゴミ収集の箱車。通勤のバイク、
車、一日が稼働する楽しい時間です。私はこの時間が好きで、この騒々しい流れの
中を市場に出かけます。

       この”活気”がとても刺激になって心を動かすのです(^v^)

市場まで、歩いていても、天秤棒担ぎの小母さん達に何人も出会います。本当に
想像も出来ないほど朝は沢山の商品を担いで歩いています。一体何処から来る
のかしら?

何時も、路上に籠を置いて果物を売っている小母さん(定位置でここに越してきて
一度も居なかった日は無い)に「マダム!」と声をかけられしゃがんでしまった。

          (この辺りがおバカ丸出し(+o+))

割合、ここで購入していたので、今朝はミカンでもと思って、5個を買ったのです。
生憎小さいドン紙幣がなくて大きい紙幣を出したのにお釣りを半分しかくれない
「間違ってると」何度も言った… 
    {{外国人だから分からないとでも思ったのか?}}

無性に腹が立って<(`^´)>私も少し声を荒げ、言ったんです(日本語で)・・・・

でも、全く返事をしなくて、他にお客がいないのに下を見たまま顔も上げず平気
だったんです(-"-)

口惜しかったけれど、相手にしてても仕方ないと思い私のお馬鹿が出てしまった
と思い、帰宅。しかし、
            ”すごーーく不愉快だった<`ヘ´>”

朝からカモられたのだと思い諦めた(~_~;)  もう、2度と買わないからと決め、顔を
見たら、睨んでやろうと密かにに心積りしていた(-_-メ)

市場はとにかく野菜が新鮮で豊富だ。加齢のせいもあって野菜中心の食生活に
慣れた私は毎日、せっせと市場通いをしています。

日本と少し違うと思うことに、この国の人はお昼にご馳走といいますかちゃんとした
食事をするんです。家族が揃うせいも、あるのかも知れませんが・・・・

ちなみに、今日のお昼は(ご飯半膳、もやし、にらのにんにく炒め、トマト、ネギ、
コリアンダー、豚肉少々、ほうれん草入りスープ、貝の佃煮{息子からもらった}
憎いミカン2個を食した。毎日がこんな調子の食事です。

この国に来て、毎日スープは欠かさないと言う習慣が日本の味噌汁のようで、
真似るようになったのです(*^_^*)

舗道にテーブルを出して6人の若者と小母さんが(氷屋)がお昼ご飯を食べ始め
賑やかな声がしている。何だか分らないがテーブルの上には大皿に野菜とお鍋
にスープとお肉らしい皿が載せてあり、個々に勝手に取っては食してる。まあ、
何時もの光景だ。
この国は大皿にてんこもりにして皆で食べるようで・・・それも、順番があるようで
韓国のように年長者が先に手をつけて若い人は1番後になるようだ(^_^;)

ザボン売りのお兄さんがしゃがんで道路でフォーを食べている。そこに、植木売りが
来て喋り出した。相変わらずでかい声で・・・・

かなり、道路が静かになり、バイクも車も途端に減少し、お昼時を感じさせる(^v^)

その中をゴミの清掃車だけが通る。バイクの上で寝てしまった小父さんはやっと
起き煙草を1本吸って大きな欠伸をして、何処かに仕事に出かけて行った。

早朝4時から起きて働いている(お粥屋)のお姉さんたちも一段落したらしく店の
前で(カード)をやり始めた。多分、夕方までするのでしょう・・以前に5時間位して
いたのを驚いて見たことがあった・・・・(@_@。 飽きないのかな…と見るたびにそう
思っていた。

サイレンを鳴らして救急車が通過、一瞬だが後のドアーが開いたんです。
(ドアーなんて普通は開かないよ(@_@;)) 足から血が出ている人が見えた(>_<)
ちょっと、ザワッとした・・・・(-_-;)

バイク、車の音が激しくなって帰宅時間になったらしい。前の氷屋さんが騒いでいる。
{凄い声だ!!]何事かと思ったら氷の袋を道路で落したらしく、あちこち氷が散乱
していた(ー_ー)!!

あれだけの氷をゴム1本だけで止めているのだから落ちても仕方ない状態だ・・・・
何時もそう思って見ていたし、凄いともおもっていたが(^^ゞ

            ( とうとうやっちゃった(/_;) か)

これで、道路はガタンと通行が落ちてそれらを避けながら通るから、ソロソロとなり
後続車がピーピーと煩く、また、氷を潰して、乗かっていく車などがいるものだから
賑やか過ぎる(・_・;)

ノロノロ運転になっても誰も文句は言わないのは、この国の常識なのかもしれない。

「アッ!」別の氷屋さんが横から出てきたバイクとニアミス。「オッ!」と声を出しながら
離れた。         あーあ良かったと一安心!!

警官が2人外のカフェに入ってきて、椅子に座り喋り出したが、店が忙しくなったようで、
帰って行った。何をしに来たのかな?

バイクの音、車の騒音が間断なく続き、辺りが一変した。ネオンサインが点灯し、夜の
化粧と化し、夜を待つ人々の心を煽るように変化してきたのです(#^.^#)

もう、すっかり私の1日は終わり、後はシャワーと読書と寝るのみの夜の到来!!

翌日、朝、市場に出かけたら(定位置にいた果物や)が居なくなっていた。今まで
ずっといた人だけに、少々がっかりした(^_^;)

思いきり睨んでやろうなんて意気込んでいただけに拍子抜けしちゃった(*^_^*)

    ”心が傷んで何処かへ行ったのかな?  そう思うことにした”

まあ、こんな日の連続です。ただでさえ、暇を持て余しているおばさんにとっては
毎日がこんなに刺激的で、日々様々なことが起る、この国の生活はただ、面白く、
興味津々であり、遠く離れて、自分自身を省みる機会でもあるのだと思わせて
くれるこの時間の貴重さが、たまらなく大切であり、大事にしたい余生の一駒に
なってくれることでしょう(*^^)v
この記事のURL | ヴェトナム | CM(0) | TB(0) | ▲ top
ヴェトナム語
2008/10/21(Tue)
もう、はっきり言ってさっぱり出来ましぇーーん(-"-)  ヽ(^o^)丿です。
一応習う気力は有って、日本語ができる人に我家まで来て貰ってたのですが・・・・

先ず、(発音)音が聞き取れないのです。どんなに頑張っても私の頭ではついて
いく事は無理だと悟りました(-_-メ)

外国語は好きで、英語、フランス語、スペイン語と全てちょっと齧リはしましたが、
今はそれらも全て忘れて残像さえ残っておりません(・_・;)
そんなわけで{私は外国語との相性は悪いのよ}  てか・・・・ほほほほ

         ”自分の頭の悪さを(相性)に持って行くなんじゃ

             結構{粋}が過ぎて、{無粋}じゃ!!”

ヴェトナム語には母音が11あって、発音によって微妙に違うから区別ができず
音が取れないのです・・・・手強い奴です<`ヘ´>

たとえば母音の”a”がありますね。そのうえに(×)()(~)(?)(。)(へ)(ヽ)が
付きそれも、同じところに2つもつく場合が多々あるのです(T_T)

音の長短、高低で全く違う意味になるようです。何度も何度も   「はあ?」って
聞かれると、もういい加減にイラッとしてしまいますのよ<(`^´)>

           {{ 根性がないのですかね・・・・(^^ゞ}}

話せたらどんなに楽しいかと毎日、教科書は開けているのですが・・・肝心の“音”
がとにかく聞き取れないんです。自分でも、情けなくて口惜しいのですが…( 一一)

未だ、カセットでヴェトナム語を聞くという物がなかったので・・・日本でも購入出来ず
ぶっつけ本番の覚悟でやってきました。  甘くみていたんですね!(^^)!

(幸い嫁が日本語OKだったので、不自由しなかった要因も大だったでしょう(^_^;))

その上、子音も25あって本当に難しかったのです。まあ、適当に原因を作ってる
けれど、要は「解りましえーーん」が本音なんです。   とほほほ

       ”途中から{諦めムードのスイッチON}が入りまして”

折角、来てくれていた彼女に「しばらく休みたいと”宣言”」しまして、只今は未だ
休暇中なのです・・・・
彼女のアルバイトを勝手に止めさせて悪かったけれど・・・・・やる気が萎えてしまい
私にしては珍しくギブアップ(^_^)/~したんですよ!!

それでも、生活に直に必要となってくるお金の数え方や計算、毎日買う品物だけ
でもと、思いまして、それは何とか間違っても、紙に書いてもらえば分かるから・・・
覚えましたよ。必要に迫られて必死でした。お釣りをごまかされるのが嫌だもん。

    ” ところがジェスチャーでも結構通用するんです(^.^)”

正確に発音しないと、となんて大上段に構えるから、{エエ格好してたんです}(*_*)
他の外国語と同じで単語を見せてもよかったんですが・・・・・・最初の躓きが応えて
結局はダメでした<(_ _)>

これだけでもいかにプライドの高い国かを想像させてくれます。いちいち話すのに
気を遣う生活なんて”真っ平”と思うようになったら・・・・途端に目の前が開けて・・・

    { ”どんとこい” 喋れなくったってちゃんと生活してやるさ}

  { どうせ、誰も知る人など居ない異国だし、恥かいたって、どうってことないや}

               そんなふうに・・・・

思ってしまったんですねこれが・・・・・そうすると、結構生活が楽になって、気を遣う
相手の無い生活って(楽ちん)なんです(*^_^*)

そんな事情が私とヴェトナム語の間にありまして・・・嫌いでは勿論ないですが・・・・
今は(敵対関係)にあるというのが、現状なのです(#^.^#)

まあ、何時の日か話せることが出来たら私の勝利に繫がると思っていますが・・・

          ”敵もさるものです・・・・多分負けるでしょうね”

            ”何といってもこちとら、初老でやんす”

          ”先が短くもうすぐにもお迎えが来るやも知れず”

本音のところでは””白旗””の用意は絶えずしておかねばならないと”きっと心に
しまいこんでおりやす(@_@;)  「はい!」
この記事のURL | ヴェトナム | CM(0) | TB(0) | ▲ top
親しき仲には礼儀なし
2008/10/20(Mon)
会社からの依頼で、3Fに住むことになったTさんは、日本にも仕事で行ったようで
日本語が話せるし、礼儀も正しく、時々会社からの連絡で来てくれていたので顔も
知っていた(^v^)

彼女は妹と2人で住むと聞かされていた。でも、それが何時なのか何も知らされて
いなかった・・・・これが原因なのだが・・・・(;一_一)

ある日のこと突然、玄関に2人の女の子がやってきた。にこにこ笑っているのだから
多分私のことを知っているのかも知れないと思ったが、まさかTさんの妹とは知らない
私・・・・言葉も分からずとにかく困って(その時私も気がつけば良かったのだけれど)
帰ってもらうことにした(^_^;)

処が1時間もしないでTさんが帰って来て「妹さんが急に来ました」と言って一緒に
3Fに上がって行った。Tさん曰く(仕事中に携帯が鳴って、私が家に入れてくれない
と妹が言って来たと言う)だから帰ってきましたと言った(^^ゞ

その時に、携帯があるのだから、妹がくることを知らせてくれていたら部屋にあげる
ことは可能だった筈{とにかく、このあたりが日本人との感覚の違いというのか、何せ
突然にやって来る]この国の習慣に私は未だ考える余地さえないほど、見知らぬ
ことばかりでした

     ”私は凄く不愉快になってムカッとしていたと思う<`ヘ´>”

Tさんは仕事が有るので、会社へ帰った。3Fには2人の女子の声がしていたが、まあ、
原因がわかったので、玄関の鍵をかけに降りた(^u^)

その後、私は部屋でレース編みの続きをしていました。30分位経った時に、玄関の
鍵がカチッと開いたんです(@_@。驚いて下へ行くと、今度は男性が3人、平然と家の
中へバイクを入れて居ました。 びっくりして、目が点状態(@_@;)(@_@;)

「どちらさま!」と聞いたのですが誰も返事もせず、3Fに上がって行ったんです。もう、
仰天(@_@。しました!!

           ★何、何、何なのこれは?・・・・・★

事情がさっぱり理解できない。心臓はドキドキするし、上で何かしているのではない
かと思って・・・・頭の中は錯綜し、混乱状態でした(>_<)

そう思っていたら、また男性が一人バイクで来たんです!!その人も普通に3Fに
あたかも勝手見知った家のごとく上がって行ったんです・・・・もの

      ★私、すっかりパニックになってしまい、何も手がつかずオロオロ★

どう考えても、頭を逆さにしても見知らぬ人が勝手に人の家に鍵を開けて入ってくる
なんて考えられませんでした!!息子に連絡出来れば良かったのですが・・・生憎、
国内の出張で、留守。嫁も日本語学校へ行っている時間!!

      {{すごーーく怖かった(;一_一)}}{{6人もいるんですよ!!}}

どうしようかとさすがの私も参ってしまい、3Fまで行って様子を見にあがろうか思って
いたら、6人が音を立てておりてきて、何の挨拶もなく、勝手にバイクで出て行った
(^_^;)のです。

本当のところ心臓がバクバクしていたし、こんな身勝手が通るのかと思うと、めちゃ
腹が立って仕方なかった・・ どうやって心を落ち着かせたらいいのか見当もつかず
もう、イライラしていた(ー_ー)!!
夜、Tさんが帰宅したとき、呼び止めて強く言った<(`^´)>

私が言ったことが余程ショックを与えたのかそれからはすっかり気不味くなってしまい
ほとんど、口も利かない状態になってしまった(-"-)

その時、私が言ったことは、妹さん(実は妹ではなかった)が来たのなら、電話1本で
前にその事情を言って欲しかったこと。

鍵は彼女に1本しか渡していないのに他人が3本は持っていたこと。

何でも事前に話しておいてくれたら、対応の仕方もあるし、私自身が怖い思をせずに
すんだこと。

ここは貴女の国で私は外国人かも知れないけれど、一緒に住むルールはあると思う。

などを言ったんです。日本人として私は普通の考えだと思っていたし、悪いのは
相手だと決めつけていたんですね・・・・・(-_-メ)

彼女にしてみればごく当たり前のことで日本人が怒っていることが理解でき
なかったのだと思います(それは後で分かったことですが・・・・・)私には、自分の
家と他人の家との区別がない国の習慣など、想像だに出来なかったのです(~_~;)

この年になる迄、生きてきて、こんなに恐怖感を覚えたのは初めてだったから、
きつい言葉になって彼女を責めたのだと思います(/_;)

それから、しばらくして彼女は出て行った。出て行くと言われた時、私は日本人で
この国の風習を知らなかったから、貴女の気持ちを傷つけたことを謝った<(_ _)>

     ”彼女はそれが1番の原因ではなくて、病気だからと言ってくれた。”

私は心が本当に狭く、大目に見れない性格を恥じていて、(すまなかった)と心中
詫びたつもりだったが_(._.)_

持って行き場のない感情を暫く持て余し、”もし私が彼女だったらどうしたかな?”

   と、何回も考えた・・・・でも、そんなに私は悪いことを言ったのだろうか?

何日かして、ようやっと心を抑え、少しこの国のことが解った思いがした(・_・;)

             ★遅かったのかな★

  { そして、数日悩んでいた私の元に彼女が入院した知らせが入った!!}

本当に体調が悪かったのだと、思ったが、もしかしたら、私の言葉で傷つき病気
になったのではと・・・・今度は別の疑問と不安が起きた(>_<)

後日。本当にずっと具合が悪かったので、妹と言ってた人を側に置いて生活する
ということだったらしい・・・・ が、が、が・・・

それにしても、国が違うこととはこれほどに心揺さぶるものなのかと・・改めて考え
、悩み苦しんだ日々だった(~_~;)

     {{Tさんごめんなさいね!!}}

今だに、心の奥底にはっきりしない澱が横たわっているようで切ない思い出に
なっております(-_-;)

人の心は難しく、まして国の違い、習慣、風習、文化、言葉の違いは埋めることは
できないのでしょうか?

大きな課題にぶつかって意気消沈してしまった出来事でした!(^^)!
この記事のURL | ヴェトナム | CM(0) | TB(0) | ▲ top
スーパーの続き
2008/10/19(Sun)
(布団セット)
これは日本にはないと思います。ヴェトナムの寝室はベッドが主流です。その上には
マットを敷き、そのマットの{日本のように敷布のようなもの}上に花柄、動物画、植物
などの模様のついたマットカバーを{四隅にゴムが付いている}かけます。
上も同様の柄の肌布団になっていて、枕もそうです。それらがワンセットで、店頭に
山積みされています(+o+)

余りの種類の多さに選択に迷いますし、ピンからキリまであってどれが良いの
かさえ全く分からないのが現状です(-_-メ) 日本円では2千円位からあります。

我家には備え付けのダブルベッドがあって、ゆったりと眠ることができました。、
幸せなことに私が行った時は、若夫婦がすでに、購入してくれていましたから、
自分で買う事もなく、落ち着いた色で気に入り間にあっていました。(*^_^*)

ほとんどの場合は肌掛けを使うこともなく、下のカバーを手洗いして、屋上で乾か
していました。この暑さですから数時間も干せばすぐ乾いたので、たった一枚だけ
で三年間そのワンセットで傷むこともなく使用させてもらいました<(_ _)>

この国にきて、初めてこの布団セットに出合い、(@_@。これはちょっと驚きでした!!

ベッドのない人達は、床に直に薄い布団を敷いたり、茣蓙だったり、はたまた外では
ハンモックで寝たりする人にもたくさん会いました(^_^;)

床がタイルだと話しましたね。タイルには様々な模様とカラーがあって、おおよそ30㌢
位の正方形になっているものが敷き詰めてあります。
パズルのように上手く組み合わされて模様になっているから、見ていても楽しくとても
面白いです( ^)o(^ )

          ☆ヴェトナムの寝具は不思議でした!!☆

(気がついたこと)
スーパーでは外国人対象というのでしょうか、輸入品が多いせいでしょうか、それとも
面倒で変えてないのかも知れませんが・・・・時々商品の値段がドルになっています。

当初は何も分からないから、欲しいものを確かめず買っていたのだが…どうも計算が
合わなくて、値段のシールやレシートをしっかりと確かめるようになってから、ようやく
気がついたのです(^_^;)

ドル払いが少し高いのです。そして、よく見ると同じ商品の隣にドン表示されている
品物が並んで置いてあり、がっかりした経験があります(T_T)
それからは、きちんと見て買うようになりましたが…・

そのことを言えない歯がゆさと諦めてしまう性格が情けなくて・・・でも、ふ。し。ぎ。

そんなことは大したことではないと、この国では思わされてしまうんです(^v^)

          ((一番面驚いたことがあります(@_@;)))

大型スーパーでの商品の搬入、入れ替え、補充が開店中に通路をカートで両端を
封鎖して行われることです(@_@。

通行止めにして、店員は座り込み、大声でお喋りしながら・・・・箱から出したり並べ
たりするんです。お客さんの迷惑など全く感知している様子などみえません(・_・;)

日本では休日とか夜とか、商品の配置にはそれなりの気遣いがあると思うし、
開店中での補充は凄く遠慮しながら、お客さんの顔さえ見ないで、手早く出し入れ
しています_(._.)_

そういうことが当然のようにインプットされている中年小母さんですから・・・その通路
に有るものが買えない苛立ちは半端ではありません<`ヘ´>

それが普通なんだと、この国で生活していると諦観というより慣らされてしまうから
            可笑しなものです(^◇^)

私のように、暇人はしょっちゅう行くので大体の場所が分かりまた、移動していても
探す時間もあるので、平気ですが・・・・忙しい人にとっては、先日有ったものが場所
移動されていて無いのは、嫌だろうし腹が立つのではないかしら?

などと、考えていたけれど、この国で忙しい人など見たこともないし・・・時間の流れ
を考えると、この国ではこれでいいのだろうと思わずにはいられません(#^.^#)

しかし、下に座って大声で笑い、ダラダラとしながら、商品を並べている姿をみるに
つけ短気な小母さんは

       ★ 「いつまで、やってるんじゃい!!はようせい!!」★

      ”なんて突っ込みをいれたくなるんです(^^ゞ”    よ!!
この記事のURL | ヴェトナム | CM(0) | TB(0) | ▲ top
スーパーマーケット
2008/10/18(Sat)
前回は近辺の市場について書きましたので、今日からはスーパーについて少し感じた
事を書いてみます。

このホーチミン市内にも沢山の大型スーパーがあります。日本と変わらず品数も豊富、
デパートの地下にもあって、何の不自由もないが、輸入品がかなり入っているために
値段は高く、和食を作るのには大変です(ーー゛)

 {だから、私は市場で安いこの国の野菜や肉、魚でずっと生活しています( ^)o(^ )}

ちょっぴり、商品の説明をしてみましょう(^v^)

(お菓子類)
凄く面白く感じるのは、日本で見たことのある品があることです。まるでコピーもの!
たとえば{○○えびせん}と言う商品は(おいしい)と日本語で書かれてあるし・・・・
クラッカーなどは日本と同じ会社名だけれど、ヴェトナム語、中国語、英語で書いて
あるし、説明などもよく判断できない!!

           思わず苦笑してしまう(-_-メ)

しかし、、味はしっかりとしてて、とっても美味です。ピーナッツやカシューナッツも
生産する国だから、それらを使ったお菓子は多く、美味しいですよ(#^.^#)
飴の種類も多く果物が豊かだから、色々あって楽しい。チョコレート、ガムなども
自国の品の横にわんさかと輸入品が並んでいる様子はちょっと、見た目が違う
かも知れません(@_@。

[インスタントラーメン)
私自身、ほとんどインスタントラーメンは食さないので、本当は味の補償はできない
のです_(._.)_  そこんとこはご理解くださいね!(^^)!

まずまず、種類の豊富さに圧倒される。通路一列両側が全部ラーメン売り場の店も
あり、何が、どれが美味しいとか良い品だとかが、多すぎて決められない(ー_ー)!!

様々な種類があって、一応、私なりに食したけれど、はっきりとこれが美味で
お勧めだと言える商品は、見つけることができませんでした(+o+) 
たぶん余り好きではないからでしょう・・・裏に作り方の表示がされているのですが、
これがヴェトナム語、中国語、英語、日本語と続いて書いてあります(@_@;)

             *これは凄いと思いました*

この国の人のラーメンの作り方は中身を入れて、熱湯を注ぎ、お皿を蓋にして待ち
ます。まあ、これは特別不思議ではないのですが・・・・

ある日、私が野菜を鍋半分入れて、香味野菜を思い切り、上に載せて、いわゆる
煮込んでラーメンを、作っていたら酷く驚かれてしまった(@_@。

「日本人のラーメンの作り方はそうなの?」とか聞かれた記憶があるんです(~_~;)

{これはあくまでも私の好みであって、、日本人がこのように作るとは限らないの}
この説明が出来なかったことは今も残念に思っている(^^ゞ

  「が、どんなにして食べても自由じゃん!!」  と言いたかった 本当は(*_*)

(ハム)
バナナの葉に包まれて蒸してあるのを何時も食べていた。以前にもその話は書いた
と思いますが・・20㌢は一人には多すぎて困っていて、最近はカットしてもらって購入
することを覚え、もっぱら半分を利用している。何でもバナナの葉に包まれている品が
多いので、興味もあって、ほとんどは食べてみた。中には余り好みではないものにも
出合い捨ててしまった品もあったが・・・・(/_;)   ごめんね<(_ _)>

勿論、日本のようにハムやソーセージとしかと分かるような品は当然あるし、キロで
買って行く人達も多い。でも、なぜだか私は得体のしれない、バナナの葉に包まれて
いるものに好奇心があって、そっちの方が好きだった(*^^)v

それでも、屋台で売りに来る人の品や天秤棒で回ってくる人のバナナの葉に包んだ
ものは未だ一度も買ったことがなくて・・・・・

         ”これからの未開発ゾーンなのです”  た。の。し。み。

まだまだ、見知らぬ食材が多くて幸せです_(._.)_

(シャンプー、リンス類)
これがすごーーいのです。何が凄いかと言えばその種類の余りの多さに(@_@;)
並列されている棚が半端ではなくて、国内産の数も凄い上に輸入品の数が余りに
多くて、アメリカ、フランス、日本、中国、韓国、イタリア、アラブ系など・・・があって、
どれが何処の国のが良いのかさっぱり、わかりましぇーーんでした(^^ゞ

まあ、高級品は避けて、安価な品から攻めてみようと思い、切れると色々な国の
商品に手を出して使用してみました(^v^)

なにせ、全く読めないのですから、選ぶのにも時間がかかり大変な思いをして購入
していたんです(ーー゛)
ところが時々、読めないからとんでもない臭いの物や泡がほとんど出なかったりな
どを買うこともありました(T_T)

仕方ないから、そういう品は洗剤として使いきっていました(・_・;)

                     明日へ
この記事のURL | ヴェトナム | CM(0) | TB(0) | ▲ top
Sさんが教えてくれたこと
2008/10/17(Fri)
色々な事情があって、息子夫婦と同居していない。ここが、ヴェトナムという国である
だけに、別居という形態は異常なのでしょう・・・ね。前記しましたが、この国の人達は
大家族制度が当然だから、それに、年長者を大切にするお国柄です(^v^)

もう、知り合った人は必ず聞きます・・・「どうして一人で住んでいるの?」「家族は?」
「寂しくないですか?」矢継ぎ早やに同じことを繰り返し聞きます(-"-)
よっぽど、独り暮らしは変なのでしょうね・・・・日本ではそんなことは当然で、別段、
不思議ではないのに・・・( 一一)

     ”きっと、ものすごく不自然なことなのでしょう!!”

本人はいたって快適で自分だけの空間と時間に大満足しているのですが・・・( ^)o(^ )

Sさんはそんな私の生活を見て、また、色々と話したことがあって、「こんな生活もある
のね」と言ってくれた。しかし、私が依怙地になっている部分や狭隘な心でしか物事が
解決出来ない生き方は私自身、正直、十分理解はしていたが出来なかったのだ!!

頑なな物の考え方しか出来ない私を目の辺りにして、彼女はショックを受けたのでは
ないかしら?

人それぞれの生き方が有るし、育ってきた環境や生きてきた道程など、これが正鵠
だと言える道は無いと思うけれど・・・自分の尺度から外れた人を許容するだけの力が
多分に欠けていたのだと思います(-_-;)

まして、外国人だし、理解しようにも分からなかったのが現実だし・・・・理解する気持ち
も努力する気もなかったのは事実だった・・・日本の常識が全く通用しなかったからです。

人を批判することは容易いし、何とでも言える。 でも、Sさんは自分の考えを入れながら
沢山のことを教えてくれた(*^_^*)

    (私の心を温かく包んでくれる彼女との時間は有難く、嬉しかった(#^.^#)

異国にいて、外部との接触をほとんどしない私の生き様は彼女の中にどのように映って
いたのだろうか?

「親は無償の愛だけれど、子供が親にしてくれる愛はかなりの努力が必要なのだ」と
言ってくれた。だから、「子供に期待をしないこと。してもらったらもうけもの・・・・有難い
ことなんだとそう思いなさい」   って。

         {{これは、私にとってはかなり応えた(>_<)}}

          「そうなんだ!!」と何度も何度も思った。

「成人した子供には30%位の愛と残りの70%は自分自身のために愛を使う方がいいよ」
                    とも
  
確かに、そうかも知れない。どうやら私は80%以上は子供に愛情を押しつけていたみたい
そんな気がしたんです(ーー゛)

「子離れが出来ていなかった!!」と言われたのです。何時も何時も、先ず子供のこと
ばかりを考えて生きて来た気がしました。2人の子供にとっては結構負担であったこと
でしょう・・・・・・

           { おおいに反省した!!<(_ _)> }

最近ほとんど同時に子供達から同じ意味の言葉を聞いたばかりだったので、尚のこと
応えたし、落ち込んでいたのも事実だった(-_-メ)

(余計なお節介はもう止めて、もっと、自分達のことを信じて欲しい)と言いたかったの
でしょうね!(^^)!   
             ”参りました!!” “ギブアップ”  です

夫を早く亡くしてから、父親と母親役をずっとしてきたつもりだった・・・何とか人前で恥を
かかせない生き方ができるようにと必死になっていた。それが遺された者の勤めだと
信じていたし、思い込んでいたんです(~_~;) そんなことが出来る技量など全くないのに。

本当はずっと無理をしていたのだと思います。その事が多分に子供達にとっては老いも
見えてきた私の側にいて(うざい存在)になって行ったのだろうと今は思えます(/_;)

しかし、私自身の中では力不足を自覚させたくはなかった。弱味を見せる事が何よりも
嫌だったのだと思います。(・_・;)  厄介な性格ですね!!

そのために、自身の老いを受け入れる準備が全くできていなくて、体だけが老いを警鐘
していたことさえ、気がつかなかったのです(-"-)

そんなことを話してくれて、改めて自分を振り返る良いチャンスを与えてくれた(#^.^#)

だが、ここまで凝り固まった心を溶解させるのには“時間”が必要だと思ったし、急激には
出来ないことだと思えた。悪玉コレステロールがびっしり溜まってしまっているのだから。

少しずつ変わろうとしている自分を今は楽しもうと思い始めました・・・・・
みんな、彼女のお蔭だし、いい出会いの時間が与えられたことを深謝している日々です

              ヽ(^o^)丿
この記事のURL | ヴェトナム | CM(0) | TB(0) | ▲ top
荷物
2008/10/16(Thu)
空港へ行くのにはバスが走っていて、各ホテルで客をピックアップして行く。ところが
バスが小型なのに、客数が多くて、積み残して行くのです。これにはびっくり(@_@;)

幸い私達は1番最初のホテルだったため、無事に空港迄乗って行けたのですが・・・・
あちこちのホテルで、取り残された人達は「タクシーで」と運転手の叫び!!一杯の上に
立っている人もいてバスの中は満員でした(-"-)
   やっとの思いで、空港に着いたら、待合室は凄い人(@_@。

プロペラ機で60人程しか乗らないのに、一体どうなってるのかしら?と不思議でした(^_^;)
手続きをして、一応待合室で待っていました。荷物は普段は預けないのだが・・・Sさんは
何の考えもなく預けた。誰だって何かを考えて荷物を預けるなど余りしないし、

    ま、ま、して

         ”誰も荷物を積み残すなど想像だにしなかった(>_<)もの・・・・・”

飛行機は目の前に有ったので、見ていたが搭乗時間になっても荷物を積載する気配
がない。何だか凄く変な感じはしていたが…・・・国が違うことで他の外国人もその時は
何も考えていなかったのではないでしょうか(-_-メ)

満席で飛び立った飛行機は無事にホーチミンに到着したのだが・・・・・荷物を待って
いたら空港職員が何か叫んでいる。  嫁が聞きにいったらこう言ったそうだ!!
 
☆「荷物は満席のため、安全上積載しなかった!明日、ここに取りに来るように」☆ 

                     と

もう、皆、呆然としてしまった。荷物を載せないで飛び、翌日取りに来るようになんて
きっと誰の範疇にもなかったと思う<`ヘ´>

荷物が届かない経験は一度もなかったし、まさか積み残されるなど誰が想像した
だろう?

        (( 翌日にSさんは帰国予定だった(~_~;)))

それこそ、化粧品から、お土産品まですべて入っていたのだ!!沢山の人が空港の
職員に食ってかかりあちこちで喧嘩になっていた(-_-;)

ベビーを連れた夫婦は全てが荷物の中だと言ってるし、明日の会議の書類が入って
いると怒鳴っているキャリアーウーマン。外国人も各々の言葉で罵声をあげている。

     <(`^´)> ””兎に角、何とかしろ!!””  喚き散らしてる状況だ。<(`^´)>

私とSさんは嫁達に任せて遠巻きにどうする事も出来ないからずっと座って見ていた。
そのうちに荷物の色、形、番号などを紙に書いて欲しいと言われたらしく、嫁が来て
手続きをした。

       (そんな用紙があることさえ、私は知らなかった)(-"-)

それから、小1時間も騒いでいたが。会社側から7時間かけてダラットから陸送で夜中
走って荷物を届けるということで折り合いが着いた様子。

         ”まあ、もうパニック状態でした<(`^´)>”

しかし、無いものは仕方なく私達は帰宅。その日は不安感で一杯だった(-_-;)

翌朝早く、嫁からTELが入り、夜中に荷物が届いたのでこれから持って行くと言う。
やっと荷物が届いたので一安心したが・・・・国が違うこと、、何が起こるかわからない
ことや事後の処理の仕方などを一杯考えさせられた時間だった(^v^)

日本なら、多分有りえないことだと思う。バスだって積み残すことなどは考えられない。
ホテルから空港へ行く人数の把握は全員でなくてもあらかたは数えるだろうし、
不足なら、即、もう1台バスは出すと思うし、また、チケットで、搭乗人数は分かる
だろうし・・・・何もかもがとにもかくにも信じられないことばかりだった(/_;)

矢張り、ここはヴェトナム(アバウトが通用する国なんです)そう思ったが・・・(-_-;)
              貴重な経験でもあった(^_^;)

Sさんは早速、荷物の整理を始めた。それから、息子の家にタクシーで出かけ、
彼の家から空港までが10分程で行けるからだ・・・・夜中の便なので、私達2人は
近くの美容室へ行き、私がカットしてもらっている間、彼女はマニキュアとぺデキュアを
楽しんでいた(#^.^#)

近くの大型スーパーへ行き家に戻ると、息子も帰宅していて晩御飯をいっしょに頂いた。
ヴェトナムでは(チャーカー)という前に書きましたが日本の薩摩揚げに似た天ぷらを
作ってもらい美味しく食した。

空港に送って行き、見ていたら、職員の人とSさんがずっと話しているので心配になって
待っていたがそのうち一緒に階段を上がって行ったので、事情が解らないまま、帰宅
した。何かあれば、連絡してくれるとそう思ったからだ(^v^)

 ★ダラットの旅は大ハプニングがあって、一生忘れられない思い出となった★

楽しかったことも不愉快だった事も含め、沢山の体験ができたこと、色々と見知らぬ
国の習慣の違いに振り回されてそれでも、ちゃんと答えが出ることなど・・・・・一度に
思いがけずたくさんの事を経験させてもらった( ^)o(^ )

      この国に来れて本当によかったと思った出来事だった(*^_^*)
この記事のURL | ヴェトナム | CM(0) | TB(0) | ▲ top
ダラットを去る朝
2008/10/15(Wed)
2泊3日のダラットの旅が終わる朝です。1日に2便しか飛んでいないので、午後の便
にしていました(^v^)

朝食は近くのフォー屋さんへ行ってガァー(鶏)のフォーを食した。米粉で出来たフォー
は日本でもかなり知られるようになり、低カロリーで美味です。上に香味野菜を沢山
載せるので、味も好みによってまちまちだが・・・・
  
              ”朝はフォーが好いなあ(*^^)v”

時間があるので、インドシナで1番美しく、世界遺産となってると聞かされた”ダラット駅”
へ、ぜひ行きたいと思い、相談した。まあ、あまり嫁達は賛成ではなかったが・・・・

         このことが、後で波紋を呼ぶことになった(~_~;)のです

    何せ、中年小母さんは元気だから、張り切って歩いて行った( ^)o(^ )

    私達にとって1時間ちょっとかな歩いた。ごく、当り前に普通に歩いてた(?_?)

が、しかし、これは全く思ってもいなかったことなのだが・・・・・(T_T)
ヴェトナム人は、バイクがあるので歩くことが酷く辛いらしく、ダラダラとして連いてくる。

そのことに私は気がつかず正直、イライラしていた<`ヘ´>んです。どうして若者の足が
遅いのか…考えられなかったからです。何度も振り返り早く来ればいいのに・・・・・
そればかり思っていた<(`^´)>

後日そのことを聞かされて、大変申し訳なかったと思ったが、後の祭りで気まずい雰囲気
になってしまった・・・・(;一_一)

まあ、知らなかったこととは言え、こういう習慣の違いから誤解が生じ、短気の私は気分を
害し、また、嫁達も日本人の小母さん連中に腹が立って居たのでしょう・・・・(-"-)ね。

それでも、何とか”ダラット駅”に到着した。日本製のSLとサロン列車が2台ホームにいた。
声をかけ、断ってから中に入り見せてもらったが・・・・私達以外に人がいなくて、写真だけ
撮った。構内にはお土産店があったが、前記したように、人がいないので、ほとんどの品に
布がかけられていて、女性が一人出てきて、少し、申し訳程度に布を外してくれたが・・・・

気持ちが萎えてしまい、結局何も買わずに戻ってきてしまった。どんどんと歩く私達に
時々休憩したり、座り込んでお喋りしている若者への苛立ちはピークになって行った。

何も知らなかった私が悪かったのでしょう・・・・しかし、途中でも、「ここで待ってる」とかが
聞けたら良かったと本当に嫌な時間だった(/_;)

彼女達にしてみれば年長者に逆らうことなどは出来なかったのでしょうが・・風習の違い
をさんざん見せられた思いがした。帰宅した後、知らなかったことについては謝ったが、
この国の人は謝らないから、心の中に“しこり”が残った<(_ _)>

          本当のところはどうだったのだろうか?

こんなに長く歩かせられたことの腹立ちは結局は収まらなかったのではないでしょうか?
クタクタになったと息子に後で言ってたと聞かされた(-_-;)

     本当に申し訳なかったが全く悪気もなく、知らなかったのだよ!!

いかに、国民性が違うからと言っても、知らなかったのだから気持ちよく許して欲しかった
と、今もそう、思っているが・・・・・心中、穏やかでないのは私の方だったかも!(^^)!

矢張り、私は人と一緒に暮らしたり、行動することが、とても苦手で、協調性が欠けている
らしい。改めてそう感じた(-"-)
小学校から通信簿にはそう書かれていた。ずっと、独りの時間が好きで、大抵一人で
遊んで居た記憶がある(^v^)

結婚してからは、家庭を作ること、子供を育てることで精一杯だったから、すっかりその
事は忘れていたが・・・・夫を早く亡くしてからは、娘が結婚するまで一緒だった位で・・・
考えたら、ずっと、独りで暮らしていたし、独りの生活が長く人と合わせることがすっかり
不得手になってしまっていたのでしょう・・・・

                      明日へ













この記事のURL | ヴェトナム | CM(0) | TB(0) | ▲ top
その後のダラット
2008/10/14(Tue)
”象の島”は残り時間を、島内あちこち散歩して出発。次に行った名所は女性建築家の
“クレイジーハウス”というホテルだった。風変わりなホテルでどう説明すれば理解して
いただけるかな?

先ずその建築家自身がホテルのフロントに現実に居たことも、ちょっと興味深かった。
部屋数は10室位あって、今まで見たこともないような異様な雰囲気の部屋だった(^_^;)

各部屋には名前があって“鷹の部屋”“虎の部屋”というように・・・・名前自体も変だが
部屋の造りは面白いが落ち着きがなく、やっぱり”異常”といった方が1番ぴったりかも。

ほとんどが曲線の上に部屋があってユニークさはあるが、斜めになっているので・・・・
曲線故に不思議な感覚があって、じっとしているのさえ、体のバランスが崩れてくる
感じがして、何とも奇妙な感覚なのです!(^^)!

勿論、ちゃんとしているので、ここに泊まることは可能だし、新婚の何組かは現在も
実際に滞在しているようだが・・・・私のように昔人間からすれば、ホテルとは矢張り
ゆったりしていて、落ち着きがある、平坦な場所という固定観念の上に立った部屋を
想像してしまうから・・・・・こんなのは全く受け入れられないと思った<(_ _)>

   奇抜さや、興味のある人には結構面白く、話題にもなるだろうが・・・・

       {機会があったら、ぜひ泊まってみてください}

   珍しいと言う意味合いでは外せないスポットかも知れません(*^^)v

車は少し走って、この国の最後の皇帝が住んでいたと言われる別荘へ到着。
ここは、沢山の観光客がいたが、割合ゆとりを持って各部屋を拝見することができ、
接見の間やリビング、子供部屋、寝室、台所など、生活空間を見て歩き、当時の
時代性や生活様式を垣間見た気分になれた(*^_^*)

決して贅沢ではなく返って、質素で狭く、皇帝の生活がどんなものだったのかを想像
させる作りだったのはかなり、好感度がアップ(^v^)でした。

もっとも、私達のツアーコースが逆だったら、もっと違った雰囲気を感じたかも・・・・
しかし、いかんせん、先に、あの変なホテルを見た直後だったせいもあって(?_?)

そのうえ、すごく管理が行き届き、庭には色々な花が咲き、手入れが行き届いて
いたのは観光地としての好条件(^◇^)は””満足度大なり””

ホテルまで送って貰い、少し休憩をしてから、晩ご飯を食べに外出した。が、生憎の
雨上がり、霧が出てボオッと霞がかかっていて、身震いするほど肌寒かった(-_-;)

   {{ここが、常夏の国、ヴェトナムだということを一瞬忘れてしまっていた}}

疲れも加わって、食欲が余り無いという意見に合わせて、近くの中華料理屋に入り、
”ワンタン麺と肉まん”を注文した。「背の高い中国人」と言う名前の店で本当に背の
高い小父さんが料理人だった( ^)o(^ )

人恋しいのか、傍を離れず、ずっと、お喋りをするので、いささかうんざりした(-_-メ)
”肉まん”の量が半端ではないので、ホテルに持ち帰った。とっても美味しかったが
量は多すぎだ(@_@。  サービスしてくれたのかな・・・・

部屋に戻りお風呂に入った後、2人で”象さん”の話になり、長い鼻の穴からふぁー
と息を吐きかけ長い鼻を持ってくるのでその先に載せると上手に口に持って行くのよ。

なんて、ごく当たり前の話を繰り返していたら、Sさんが急に「嘘?」私はずっと、鼻の
穴に入れることばかり考えて、どうしようかな…・なんて思って突っ込んでたのよ・・・
なんて、言うものだから・・・・またまた、大笑いになってしまって(@_@;)

”象さん”だってさぞかし困っただろうね・・・・口はこっちだよなんて言えないもん・・・
ごめんね_(._.)_   でも、でも、とっても楽しかったよヽ(^o^)丿

      中年小母さん2人の珍道中は大笑いと疲れが重なって、
          爆睡で2日目を終わった(-_-)zzz


                             明日へ

















この記事のURL | ヴェトナム | CM(0) | TB(0) | ▲ top
ダラット2日目
2008/10/13(Mon)
8時半にツアー会社から迎えが来ると言うので、ホテル内で待っていたがさっぱり
来ない・・・(これもヴェトナム式ですが)・・・日本人にはどうしても理解出ない事の1つ
です(ーー゛)

やっと、20分以上遅れてやって来た。ツアー客は私達4人だけの貸し切りだった。
”象に乗る体験”は誰も興味がなかったのかも・・・・案内してくれる40代の小父さんと
運転手の6人で出発した(^v^)

名前を聞いたが忘れてしまった。が、最初は”滝”の裏側を通る観光所へ案内して
くれた。ここは、まあまあ、人も居ていわゆる名所なんだろうと思った(^_^;)

ところが歩きだして、暫くすると、スニーカーに水が浸みてきてドロドロになってきた(-_-;)
仕方なく、滝の裏側を見ることなく車に戻り次の場所へ・・・・・

次は民族の村が機織りをしているところに連れて行かれた。数件のお土産店と織物が
売られていた。Sさんはスカーフとかバッグなどを見ていたが、私はあまり興味がなくて
なんだか、見世物見たいで、余り良い感じを受けなかった(-_-;)

お土産品に対してではなくて、そこで、生活している様式と言いますか…・家を解放して
いるのだが、部屋の中には、勿論電気もなく、地面に直接莚を敷いてあり、暗く、台所も
傍にあったが、鍋なども本当に古くて汚く、その横に、牛が寝ていた。同じ狭い家の中に
動物と一緒に生活している様はこれ見よがしの貧困を訴えているかのごとくに思えて
凄く、感じが悪かったのです。

店で、売っている人の服装やピアス、ネックレスなどの飾り物は素敵だったし、なぜが
嘘っぽく思えたのは私だけだったのかも知れないが…・(-_-メ)

こんな生活が未だ続いている様は耐えられないという思いと様々なことが交錯して
がっかりしてしまった((-"-)

側に学校と言うより教室があって、子供が勉強している様子が見えたが・・・・きっと、
客が来たので、始めたという風に見えたのが残念だった。この国は定かではないが
50種族以上の人達がいて成り立ち、其々の文化、教育、風習があると言われている。

織物の技術は素晴らしくさすがに手先の器用さを彷彿させる品物で然程、高くなくて
それ自体は良品だと思えた。でも、そういう生活を売り物にしたり、観光させるやり方
に欺瞞があって、私は好きになれなかった(>_<)

そこの村に入るまでの道路に咲いていた南国の花々やバナナが生っている様には心
が動いたし、手で触ったりしていた(^u^)

それから少し車で走って、★お待ちかね★の象の居る島へやってきた。そこからは船で
島へ渡った。嫁達は案内者の人や運転手とヴェトナム語で話し楽しそうだったが・・・
私達小母さんはもう頭の中は★象さん、象さん★になっていた(*^^)v

2人揃って大きい柵のような、箱のような物に並んで座り、ええ、そうなんです。乗る時
は高い位置から乗れるようになっているんです( ^)o(^ )

馬もかなり高かった様に思ったが、象もかなりの高さを感じた。象使いのお兄さんの声で
1歩2歩とゆっくりゆっくり出発した・・・・振り落とさないように歩いてくれる。ちゃんと練習
されていて…2人の小母さんは楽しくて「きゃきゃっ」と騒いでいたんです(*^_^*)

道は狭く山道で幅が余りないうえに、段差があってその度に2人はドキドキ(@_@。
道を踏むという感覚で歩いてくれる。揺れはほとんど感じなかった・・・が・・・・突然
途中で、急に停まったのにはちょっとびっくり(@_@;)

「どうしたのだろう?」と話していて、「もしかしたら、ウンチかも?」という結論になり
すぐに振り向いても見える訳ではない。歩き出してから、2人同時に振り向いたら
バケツ一杯分のウンチがホカホカとしていた。思わず大笑いして( ^)o(^ )しまった。

島の端の方までいって戻ってきた。たった、30分程度の時間だったけれど、かなり
楽しく面白い経験だったし、遠くまで行った感覚があったので、満足した(^-^)

降りた後、バナナをあげて欲しいと言われて買いに行き、2頭いたので、私は近くの
象さんにあげていた。Sさんは今まで乗っていた象さんに、あげていたが、私がもう
全部あげ終わっていたのに、彼女は未だ一生懸命にあげている様子(?_?)

それで、傍に行き、話を聞いたら、な、な、なんと、彼女は象さんの鼻の穴にバナナを
突っ込んでいてさっぱり入らないと言ってたのです・・・・・

             もう、もう、爆笑でしたヽ(^o^)丿

       涙を出しながら、お腹が捩れるほど笑い転げました(^_^)/~

                    続きは明日です(*^^)v
































この記事のURL | ヴェトナム | CM(0) | TB(0) | ▲ top
ダラット
2008/10/12(Sun)
この数日、ヴェトナムからの来客があって、簡単な文章しか書けなかったのですが・・・
また、先日来の話に戻ります<(_ _)>

Sさんが来越して、何処かへ旅行したいと思い、あちこち調べていたが、日本に似て
細長い国、列車だと何十時間もかからないと出かけられない。飛行機で近場に行く
事に決めた。(^v^)通訳に嫁と友達、4人で同行することになった。

ダラットと聞くと、この国の人は大抵”新婚旅行のメッカ”と答える。この国の避暑地で
あり、フランス人が別荘地として利用していたようで、今でもたくさんの別荘が残って
いるらしい。

飛行時間は50分位で到着。降り立った途端、風が、空の色が嘘のように違っていて
感動した(#^.^#)

      ””そこは一瞬にして、常夏から初冬の感覚だった!!””

    特別の風と特別の雰囲気に迎えられ、日差しさえ輝いて見えた(*^^)v

空港からはバスで40分ほどヴェトナム航空のオフィイス迄揺られて行った。
観光客はヴェトナム人以外にアメリカやフランスからの客もいて、かなり賑やかだ。

(この国の不思議に外国人料金があって、割高になる、運賃もホテル代も・・・・)

納得いかないけれど・・決定されていることに文句は言えないので仕方ない(-_-メ)

周囲には松林があって、道路沿いには山積みされた柿(?)が並んで売っていた。
この地の名産のバラの花はあちこちに咲いていたし、向日葵、コスモスかな(?)の
花々が後方へ次々と流され、バスは快適に突っ走り、山の中へ入り峠を越えそして、
街の中へと着いた。ここで沢山の人が降りた。

私達のホテルはもう少し先だったので、嫁が交渉してくれ、そのまま10分近く乗せて
もらいホテルの近場で降ろしてもらった(^u^)

道路はホーチミンとは想像も出来ないほどバイクの数の少なさに驚いた(@_@。

静かで、人々の声も、あの騒がしいバイク音もなくて落ち着いた街並であった。
大方の人は長袖で、中には皮ジャンを着ていたり、毛糸の帽子や洋服を着ている
人など・・・まさに、まさに、ここは”ダラット”だと感じさせてくれた(*^_^*)

本当に空気が美味しい!!皆で深呼吸などしながら、きょろきょろと観光客よろしく
観察しながら、有名なダラット市場の中へ入った(^v^)

何と言っても観光地だし有名な市場だから、活気があって賑やかだった。少しだけ中を
見て歩いたが、高原野菜がやたら目から離れなかった・・・量も半端ではなかった(>_<)

   (何と言えばいいのか、とにかく全ての野菜が大きくて、新鮮だった(@_@;))

ホテルまで少し歩いた。両側には屋台や、店が並んでいて、美味しそうな匂いに惹かれ
ホテルに着いた。手続きは、パスポートと身分証明書を渡し、部屋の鍵を貰うだけ。
Sさんと私は同じ部屋で、隣は嫁達の部屋だった。私達は外国人だから割高だし、
奮発したので、彼女達よりは良い条件の部屋のようだった(-_-メ)

バスタブも付いていて(この国ではバスタブがあることは高価?)安心した。
一休みした後、明日の予定を立てるため観光案内所に出かけた・・・・

何でも”象に乗る体験ツアー”があると聞き、Sさんと私は大喜びしてそれに決めたが、
嫁達は全く興味がないようだった。が、お金は私達が出しているという内心の強気で
このツアーを申し込んだ( ^)o(^ ) 

         ”我ら中年小母さんはウキウキしていた(^u^)”   のです。

帰路、晩御飯を食べて帰ろうと言うことになり、あちこちから“声”が、かかり、呼び込み
が激しく、悩んだ末入ったお店は幸いにも

               {大当たり}だったヽ(^o^)丿 }
 
鶏肉と肝の炒め物、魚の煮物(何の魚か聞いたが分からなかった)、高原野菜炒め
などなど、かなりの量を注文して食した。これが、何もかも本当に美味で言う事なし。
      
             {{美味しかった!!}}

帰る時は必ず野菜を買って帰ろうと心密かに思っていた。帰り道、豆乳の熱々を飲み
ホテルに戻った。その夜は疲れて眠ってしまった。

                               明日また続きます (^-^)  

















この記事のURL | ヴェトナム | CM(0) | TB(0) | ▲ top
矢張り不思議な道路
2008/10/11(Sat)
何時も思うのだが、この国の道路は本当に面白い(^v^)

       { とにかく、メチャクチャと言いたい }

これは凄いことです。日本ではまあ、絶対考えられないからです(ーー゛)

なぜなら、以前にも書きましたが、大型トラック、バス、車、バイク、自転車、シクロ
などが入り乱れて通過する。例えば、バスレーンがあったり、センターラインから
(一応は線引きあり)出ないとかのルールや規制がないようで・・・・もうぐちゃぐちゃ
です(@_@。

自分勝手に走るから、それが当たり前になっているので、見ているとハラハラ、ドキドキ
何度もそう思います(-"-)

大型車はやけに飛ばして走るし、大クラクションは際限なく鳴らす・…不思議なの(?_?)

車の前に自転車やシクロがのろのろ走っていても、平然として追い抜かせないし・・・・
また、追い抜こうともしない・…、バイクより早く自転車が、走り過ぎて行ったり見ていると
本当に飽きない(*^_^*)

もう、好き勝手に走っていると言う感じがする。二列並行のバイクや、大声で歌を歌って
通る小父さんや、鶏(生きたまま足だけ縛ってる)を背中にわんさか乗せてるお兄さん。

犬を籠にいれて猛スピードで走るバイクの小母さんなどなど・・・・・この国の犬はバイクは
平気らしくて、絶えず載せている姿を見る。怖くないのかな?

前方から来たバイクが、突然Uターンして歩道に乗り上げたり、何処からか自転車が来て
車の前を突っ切って行く・・・・・・ 

         「 あっ、危ない!!」

               ”” どうなってるの? と  聞きたい?””

そう思うのだが、よく見ているとそれなりの流れがあるようだし、暗黙のルールらしき
ものもあるように思える(-_-メ)

それらの間を人が渡るのですから・・・・最初は凄く恐ろしくて全く渡れなかった(>_<)

でも、今は大分、平気になって割と自然に渡ることが出来るようになりました(*^^)v
何でも(慣れとは恐ろしいもの)ですね!!

そんな道路状況ですから、衝突事故はしょっちゅうです。
ここに来てからでも7から8回は見ています。でも大型車やバスの事故ではなくて
ほとんどがバイク同士やバイクと自転車だ!!

半年も未だ経っていない間ですから…相当ですよね(-_-メ)

バイクもチンタラ走る人が居たり、もう、何が何でも、間をすり抜けてでも走りたい人も
いるようで傑作です(^v^) 性格でしょうか?

バッタリと車の流れが少なくなるのは丁度、お昼頃から2時過ぎ頃位でしょうか?
大抵の人が家にお昼ご飯を食べに帰宅するのと、午睡の時間でもあるらしい。

途端に静かな流れになるので、時間帯がよく分かる(#^.^#)

狭い道路沿いに大型車が停まったりすると、もう、大変です。クラクションの大鳴りが
始まり、何時まで鳴らすのか?と思うほどうるさく鳴っている(ーー゛)

前から何も走ってこない時などは道路のセンターライン(ほとんど守られていない)
の上を当然のようにぶっ飛ばす・・・・(;一_一)
対向車があっても大型やバスは自分の方を優先させて譲るなど見たことがない!!

考えると、本当は凄い恐怖感に襲われる思いなのだが・・・・・このような流れの中を
通過しているのを見ると、とても不思議な感覚がする( ^)o(^ )

それらの間を抜って、パトカーや救急車、政府高官の乗用車などが走る賑やかな
道路です!(^^)!

この国にきて未だ日数は少ないけれど、日毎に車の台数が多くなっている気がする。





この記事のURL | ヴェトナム | CM(0) | TB(0) | ▲ top
郵便局から国際電話
2008/10/10(Fri)
ちょっと用事が出来て日本に2か月ほど帰ってきた。そして、戻ってみると、電話が不通に
なっていた(@_@。)

びっくりしたがそれ自体が使用できないので、日曜日だったが、中央郵便局まで嫁に
連れて行って貰った_(._.)_

心配症の娘にどうしても連絡しなければならなかったからだ(-"-)
多分、何度も何度もTELをかけていたと思う(/_;)

この国にきて1番最初にしてもらったのが、国際電話がかけられる電話の設置だった。
だから、電話での心配は今迄経験したことがなくて・・・・当然のようにかけていたから
使用できない意味も解らなかった。

            かなり困った(;一_一)

公衆電話もあるが、カードがないと使えない。そのカードが何処に売ってるかも知らないし
携帯も持っていたが海外には繋がらない(ー_ー)!!

そんなことで、またまた、嫁の世話になり、郵便局へ行った。ダイレクトと係の人を通して
かける方法があると言う(^v^)

かける人(本人)とかける相手の名前TEL番号を用紙に書いて、係の人に渡すと、透明な
ブースの番号を言われ、中には入って待ってると電話が鳴り、話ができるようだ(*^_^*)
透明なブースは数も割合、有って、沢山の人が入ってお喋りしていた。

初めてだったので、1度目は何も音が出なくてダメだったが、2度目は通じた。きっと
ヴェトナム語で番号を読んだので娘がびっくりしたのだろうと後でそう思った(@_@;)

想像していたように娘は何度もかけて繋がらないので酷く心配したようだ!(^^)!

故障していること、明日電話会社に連絡してもらい直してもらうことを伝えたら、少し
安心した様子だった。(^v^)

ブースの中の頭の上の方に数字が出て、これが料金になっていたらしく係の人の
所へ戻りお金を支払って終了でした(*^_^*)

覚えてしまえば簡単だったが・・・何せ全く様子が分からないので実際体験しないと
一人では出来なかったと思う(;一_一)

それにしても、電話だけは全く不自由がなかったので、今回良い勉強をしたし、こんな
方法で利用できることを覚えた(#^.^#)

まだまだ知らないことだらけで面白いが、この郵便局の女性は全て”アオザイ”を着て
いるし、自分の都合でお喋りしていて、相手を待たすなど全く平気で・・・・長い列が
出来ているのを何度も見た(>_<)

   
    「誰も文句は言わないし黙って待っているなんて、日本ではありえない<`ヘ´>」

私のように外国人相手の郵便物は英語が話せる人達で、それほど不自由しなかった。
しかし、その人によって(切手)の料金が違うのは納得がいかなかった(@_@。 が。

同じ用紙に同じ枚数(裏表書く)で同じ封筒を使っているのに、秤にかけることもなく
金額が微妙に違うのはなぜ?????

とにかく、この国でお金が1番高いのは郵便です。びっくりします(@_@;)(@_@;)

暇人だし、郵便局までの道のりが適当な運動になるので、1週間に2回は行っていた。
その帰り道、大型スーパーに寄ったり、公園に座ったりして帰宅していた。

毎回、同じ枚数同じ封筒しか使用しないのに・・・決して一定額ではないのです!!

郵便と通信費が何より高いそうです。多分、世界中でも高い方に入ると聞いた(T_T)

















この記事のURL | ヴェトナム | CM(0) | TB(0) | ▲ top
アイロン
2008/10/09(Thu)
息子の家に留守番に行くことになった。丁度、嫁が旅行に行くとかで「シロ」の面倒を
見てほしいと言う(*^_^*)

私は犬が大好きだし、心よく承諾した。息子の帰りは本当に遅いので、「シロ」との
時間が長く、結構、自分の家でないという(環境が違うので)のが面白くて、近場を
出歩いたりしていた。

新しい、店を見つけたり、余り来たことがなかったのに、向かいの人(韓国人)が
挨拶してくれたり・・・・まあまあ、楽しんでいた(^v^)

この家にはお手伝いさんがいて、隔日に掃除、洗濯に来ることは聞いていた。
その日、彼女がやってきて、(結構、年配の女性と言っても私より若いが・・・・)

3階建ての家の中を順番にモップで、拭いたり、掃除機をかけたり、洗濯までして
くれる。私は無もすることがなくて・・・・・困った(ー_ー)!!

しかし、その家のやり方があるし、口を出すわけにもいかず、悪いけれどずっと彼女の
掃除の仕方や、洗濯の干し方などを観察していた<(`^´)>

きっと、気分が悪かったと思うが・・・・・私には物珍しくて・・・・<(_ _)>

全てが終わると時間だとばかりさっさと帰る。私の仕事は、買物と自分の食事の
用意と「シロ」にご飯をあげるだけだ。

時間を持て余していたら、彼女がやってきて、洗濯物を畳んでアイロンをかけたいと
言いだした…何せ、全く言葉が分からないので…・

     身振り手振りでやっと納得した!(^^)!  大騒動でした(T_T)

息子の服に何時もアイロンをかけているようだ。そして「アイロンがどこを探してもない」
多分、何時もの所になかったのでしょう・・・・

私も勝手知らない家だから、一緒に探したが見つからなかった(ー_ー)!!
彼女は服を畳んでタンスのなかへ仕舞っていた。

             その時、私は””はっと””気がついたのです。

結婚式場にも、新婚旅行に日本に来た時も、嫁は鞄の中にアイロンを持参してきて
いたことを・・・( ^)o(^ )

それで、彼女にまた手振りでそのことを懸命に説明した!!

{しばらく何を言ってるのか?さっぱりわかってくれなかった} かなり疲れた(-_-メ)

判らないという顔をしていたが・・・・ようやく、理解してくれたようだ(*^^)v

コンパクトなアイロンではなくてかなり、重い品なのに、なぜだか持ち歩くようで、不思議
な子だと思った記憶があった(*^_^*)

日本にだってアイロンはあるのに、使い勝手がいいのかも知れないが凄く驚いたこと
を思い出したのです(@_@。

        帰ってきたら聞いてみようと思った!!

この日、人の心は通じるものと確信できた(*^^)v  通じた喜びで凄くほっとしたら
疲れがどっとでた(-"-) 










この記事のURL | ヴェトナム | CM(0) | TB(0) | ▲ top
清掃
2008/10/08(Wed)
このレタントンストリートでのみ言えば、毎日、暇なしに道路の清掃が行われている。
オレンジ色の上下を着て、マスクをした男女の職員(?)が青い箱車を押しながら
掃いて行く。

   兎に角、脇目もふらずに一生懸命掃除している(@_@。
箒と塵取りを持って、取っても取ってもどこからか、また、誰かが出していくゴミを
何度も何度も何でも収集していく。

きりがないほどに出されるゴミ。風で散ってきたゴミ、木々から落ちた葉っぱなど
袋一杯に入った生ゴミを平気で目の前において行く人。
               信じられません!!

分別もなく何でもOKなので、最近の私もすっかりそのことに慣れてしまい、隔日に
ビニールの袋に入れて生ゴミも缶も瓶さえも出す有様です<(_ _)>

それがいつのまにか無くなっているのです。 さも、当然のように出しているが・・・・
時々ほとんど進まなくて同じ所で何十分も掃いている人を見ると心苦しくなる!(^^)!

朝、昼、夜お構いなしで出すし、収集もしている。夜中も清掃しているんですよ!!

       {本当に「おつかれさま」と言いたい。}

以前にお話ししましたが、清掃職員とは別に、自転車やリヤカーでもゴミを持って行く
人がいて、箱車へ入れたゴミから、欲しいものを持って行く人もいるんです(ー_ー)!!

だから、ゴミ袋を勝手に開けて自分が欲しい物を持って行くなど当然なのでしょう。

その後を箱車がやってきては残りを集めて行きます(-"-)

欲しい物はそれだけを取り出せばいいのだし、不用のものは箱車に投げ込めば良い
そんな掃除の仕方でしょうか? 

合理的と言えばそうなんですが・・・・仕事とはいえ、ずっと、同じ姿勢で働いている
職員の人達は本当に真面目なんです(-_-メ)

暑い国だから、道路沿いに定間隔に大きな樹木が必ず植えてあるのですが・・・・・
それらが木陰を作るのでどうしても必要なのだと思いますし、その下はほっとする位
涼しいんですよ(*^_^*)  ””とっても有りがたい木陰です””

それらの樹木に週1回から2回水撒きの車が通過します。太いホースでそれはそれは
多量にまき散らし、溢れるほどかけて行きます・・・・・(*^^)v

前後2人で太いホースから濁った、汚れた水がガバッと出てくる様は暑さを一瞬だけ
忘れさせてくれる(*^_^*)

もっとも、乾季の時だけだろうが・・・・その水に汚濁された水を使用しているのはいい
考えだと思うしこれも合理的だ。

今が、この時が発展の途上(てっぺん)にあるようで、活気があってこの国の発展は
もう、間近く、追い抜く位の勢いである(@_@;) 本当に頼もしい限りだ(^◇^)

       ”人々の熱気を日々、肌で感じています!!”

思いがけなく、この国の大きな流れの中に出会い、こんな大切な時期に生活できた
幸せを心底有難く、感謝しつつ、面白い毎日を送っていますヽ(^o^)丿













この記事のURL | ヴェトナム | CM(0) | TB(0) | ▲ top
★Sさんのお土産★
2008/10/07(Tue)
珍しい経験をさせてくれた(*^_^*) ホーチミンや地方へ行った折に購入するお土産品を
彼女は帰宅すると、きまってリビングのタイルの床に一斉に並べる。

それも、真剣に考えてディスプレイするのだ(^v^)

それはとても上手に陳列されるからその感性に驚かされる(@_@。

彼女はそれらを写真に撮るのです。何枚も並べ替えたりしながら・・・・

最初はその意味が分からなくて「どうするの?」って聞くと、「帰国してからの楽しみが
増えるでしょう……」という返事。

          驚きました(@_@;) ね。

私もお土産品を買うことは多々ありますが・・・それを写真に撮って残すという発想は
全く浮かばなかった!(^^)!    私の頭では浮かびようもないか  (ー_ー)!!

そんなこと、考えたことすらないのが私自身だったから・・・驚くとともにかなりの説得が
あって、「なるほどなあ・・・・  とっても良い考えだ」と感心しました(*^^)v

彼女の頭の中には勿論、渡す人の顔が浮かんでいるのでしょうし…・どんな顔で喜んで
くれるかさえも、見えているような感じがしていた(#^.^#)

こんな形でお土産を選ぶ女性がいることを本当に素晴らしいと思ったし、又、選ばれる
品物にも、選択された自負が感じられたりして・・・・ちょっと、気品があるような気さえ
していた  ふふふふ

     {{ 如何でしょう・・・・こんなアイデァ? }} 

素敵だと思いませんか?写真に残すという記憶は案外考えないのではないかしら?

心の中の想い出が倍増されて、優しく、ぬくもりのある品物として変化していくような
そんな気持ちになりません?

それを貰った人たちがどんな思いで封を開けるのかを想像するだけでも、心豊かに
なっていきました( ^)o(^ )

それぞれの人達の心の中にフワッと入り込む彼女の温かさ、気配り、そして心遣い
憎いではありませんか?

    ”凄い女性だと思いました”そして、[いい女の条件]  とは

こんな些細なことだからこそ、充分に加味されて行くものだと・・・・・・・

         初めて教えられました(^_-)-☆
この記事のURL | ヴェトナム | CM(0) | TB(0) | ▲ top
クチトンネル
2008/10/07(Tue)
ホーチミンから1時間ほどの所にある、いわゆるヴェトナム戦争時の解放戦線跡地。
ここに、”クチトンネル”という地下トンネルが何ヶ所もある(?_?)

アメリカ軍が苦心した難攻不落の場所でもあり、ついに攻略出来なかった処です。

観光用に拡げられた一部のトンネルに入ることが可能で案内してくれる(^v^)

会議室、司令室、台所、病院、寝室などがあって、地下での生活がどんなもので
あったのかを彷彿させてくれる(@_@;)

信じられないほど狭い道が蟻の巣のように広がり、どこまで行けるのか想像も
できなかった(-_-メ)

台所からは食事用の煙が出るのを恐れてずっとずっと、遠いところから煙が排出
されるように工夫されていたそうだ・・・・(--〆)

腰を屈めて、2か所ほど入ってみたが、狭隘な通路を、前の人に続いて行かねば
何処へ連れていかれるのか分からないほどの狭さの通路だった(ー_ー)!!

湿気と臭いで、汗が滴りおちて、息苦しい感じであった。 たった数分のことなのに
地上に出たときの開放感と息が吸える自由とでもいえばいいかしら?
本当に凄いところでした(@_@。

この迷路の中を毎日、自由に往来して生活しながら、アメリカ軍と闘っていた人達。

            す。ご。い。です!!
  
こんな地下の通路の中を平然と這いながら、ゲリラ戦をしていたヴェトナム人!!

手掘りのトンネルの中で何を考え、何を支えに生き、信じて闘っていたのでしょう。

この国の人達の底力は想像を越えていたと思います!(^^)!
何よりも家族が大事なのはその為であり、人間としての区別が余りないのも・・・

だから、自己主張が強く、絶対と言えるほど人に対して謝ることはしない性格を少し
垣間見る機会だったかも知れません(*^_^*)









この記事のURL | ヴェトナム | CM(0) | TB(0) | ▲ top
小包み
2008/10/06(Mon)
日本から小包みが届くことになった。この国では小包みの配達はしていないらしく、
自分で取りに行かねばならないそうだ(-_-メ)

郵便局とも扱いが違うようで(荷物が届いています)という紙が手紙のように家庭に
届く。初めての経験だし、字も読めないまま多分、そうだろうと思い、息子に連絡した。

彼は「すぐに行っても受け取れないから日付けを見なさい」と言った。
「分からない、どこに書いてあるの?」  きっと、忙しい時に連絡したのでしょう・・・
「そんなことも分からないの?」って叱られた(;一_一)

           ”仕方ないよ(-_-メ) 字も読めないのに”

その上、数字だって癖字だもの読みずらいたりゃありゃしない(/_;)あちこち数字だらけ
どれが日付けなのか判るわけがないのだ(--〆)

息子は「後で連絡する」と言って切ってしまった。余程、多忙だったのだろう・・・_(._.)_
翌日、嫁が来てくれて、一緒に連れて行ってくれた。 感謝!!

以前に、大きい荷物を持った人が郵便局の隣のビルに入る所を見たことがあった
ので、もしかして…・と思っていたら矢張りそのビルでした(^v^)

中は(送付するセクションと受け取るセクション)とに分かれていた。私は受取りだから
奥の方へ行った。受付の前には沢山の人が並び、また、待合室のように、長椅子が
置かれてあり、そこも人で溢れていた。

受取りの方に持参した紙と用紙を出し、パスポートを提示して待っていた(^u^)
順番に呼ばれるらしい・・・・・好奇心旺盛の私です。ずっと、観察していました。

見ていると色々な人の出入りがあって凄く面白い。身分証明証を見せて別の用紙に
サインして荷物を貰ってる人がいた。ああ、そうやって受け取るのだと分かった(#^.^#)

カウンターの中ではなぜか、荷物を開封している人がいた。机の上に並べて検査の
ようなことをしているのだ(@_@;)

どう言う理由で勝手に人の荷物を開封するのか・・・・何か基準でもあるのだろうか?

係の女性はCDを電灯に近ずけて透かしてみている。何をしているのかしら?
写真集と本はパラパラと捲って見ていた。そして、一通り見ると今度は秤にかけて
重さを量っていた。それで、納得したのか、側に置いてあった大きなテープで貼付。
元に戻したのです!(^^)!

アトランダムに選別して開封しているのか? どういう荷物が開封の対象となるのか
彼女の机の上には小山ほどの荷物が載っていた・・・・

      すごーーく不思議に感じたし、感じが悪かった(ー_ー)!!

左のカウンターでは係の女性が受取りの人に執拗に何度も何度も話してる。
中身はどうも“薬”のようだ。この国では“薬”を送付することが可能なのか?

それとも、違反なのでしつこく言われているのかしら?など、見ているだけでも
考えさせられることが多かった・・・・・・・(-"-)

どうやって、危険な薬を発見するのか?判別できるのか?

きっと、資格のあるプロがいるに違いない。

とか思っていたら時間をすっかり忘れて見とれてしまっていたんです(+o+)

その時、嫁が「お母さん名前呼ばれました」と言ってくれたので、はっと、気がついた。
荷物を受取りに来ていることを・・・・・・・(#^.^#) 馬鹿みたいですね!(^^)!

ちょっと、心配していたが、開封もされていなくて、税関のシールがペタリと貼って
有ったし、誰かの手が加えられた形跡も無かったので、とても安心した(*^^)v
別に怪しいものはないが、さっき見た本やお菓子などが入っていたから、対象に
なったのでは…と思っていたからだ。

それに、荷物には税金がかかることも教えられていたので・・・・その用意もしていたが
無事にそれも通過したようだった(*^_^*)

開封されるのは国内だけではないと思いつつも税関を通過した荷物も開封の対象に
なるのだろうか?

    それとも、あれらは全て、国内の荷物だったのか?
    1日にどの位の検査をするのだろうか?

などなど、沢山の疑問が残り小包みの受取りは終わった・・・・・が、釈然としない1日と
なってしまった。私にとっては、面白くもあり、すごく勉強になった日だったけれど・・・

私って、変なのかも知れません(ー_ー)!!  小包み1つでこれだけ考える人はおそらく
いないでしょうね!!













この記事のURL | ヴェトナム | CM(0) | TB(0) | ▲ top
ミトー日帰りツアー
2008/10/05(Sun)
Sさんの来越でプチ旅をすることになった。この国にも沢山のツアーがあって、日本人
相手の商品もあるし、外国人混じりや外国人ばかりというツアーもあった。

早朝のツアーだった。連絡を受けて5人で出かけた。忙しい息子も珍しく参加してくれ
賑やかになった(^◇^) 彼は会社の接待で何度も、出かけているので余り行きたく
ないと思っていたに違いない(-_-メ)

しかし、滅多に家族と行くことなどはないので、嫁と強引に誘ったのだ!!
さすがに、何につけてもガイドさんより、詳しく知っていたのには皆で大笑い( ^)o(^ )

ご存知の方も多いと思うがミトーはメコン河クルーズで有名な場所である。

      ホーチミンから2時間ほどの距離だ(^u^)

赤茶色の水の色はやはり、海とは全く違っていて、その装いは河とは思えない程
の大きさであり、ゆったりと流れるさまは初めての私には異様に映った(@_@;)

      「もう、もう、広い、大きい!!」としか、形容詞が使えない!!

      次に汚いという言葉かしら? すいませんそう思ったもので_(._.)_

しかし、そこには沢山の魚介類が眠っているようで母なる河はその偉大さを見事に
見せつけてくれていた(^u^)

不思議な臭いと赤茶色の水は果てしなく続くかに思えた・・・・

恵み多きメコンの流れは絶えず、何かを運び、何かを流し、何かを生み出している。
マングローブとニッパ椰子の川はボートのような小型の舟が往来して、あちこちの
島めぐりをさせてくれる。

舟を操るのは大抵女性で、狭い水路を上手に行き来して通る。時々怒鳴り合う声も
聞こえるが・・・・・それはそれ、自己主張の国だから……!(^^)!

時には椰子の大葉に手を触れたり、頭を低くして通らねばならない箇所もあったり
それなりに面白かった(*^_^*)

タイソン島ではココナッツの小さな手作りの工場(??)があってキャンデイを作り
1つ1つの過程を見せてくれた。甘い匂いに誘われて立ち止まり、少し購入。

器用なこの国の人は手作業が本当に得意みたいだ!!
そして、もっとも、可笑しくおもったのは、そこで働いている人達は私達のような
観光客の声がしてから、働き出すということだ。それまでは多分、何もしないで
待っている状態なのでしょう(^v^)

         これがヴェトナム人なのです(^-^)

次は蜂蜜ファームのようなところへも行き、蜂蜜をゲット。フルーツ園では捥ぎたての
タンロン、モンキーバナナ、パイナップル、西瓜、ライチー、など、南国のフルーツが
出されて、しばらくは食べながらヴェトナム民謡を聞いた。

物哀しい曲を何人かで奏で歌い哀愁に浸らせてくれた。 まあ、こういうツアーは
何処の国でもあるし決して珍しくはないが・・・・・

私達はSさんを除いてはここに住んでいるという気持ちが強く、すぐに帰ってしまう
観光客とはまた違った感覚でしばしの感傷に浸っていた(--〆)  つ。も。り。

        いや、いや、私だけだったかも知れない(ー_ー)!!

Sさんは南国フルーツが1番美味しいと大喜びしていたし、息子はブスッとしていたし、
嫁と友達は感動してなかったな・・・・(-"-)

まあ、そんな時が流れ食事も私達日本人には物珍しかったが、後の人達には然程
大したことがなかったのかも・・・・・知れない(ーー゛)

しかし、これが、メコンの臭いと色なんだ。ヴェトナムなんだと私はそう思っていた。

ニュクマムの匂いを河の上からかいで、ヴェトの風に揺られている我が身を一種の
感情が支配していたのは事実だったからだ(*^^)v

何時の日が必ずまた、訪れる日が来ると信じていた。その大きい恵みたっぷりの河。
            メコンよ、お前にまた、遇いにくるよ

    ”偉大なるメコン河。その流れと母なる肥沃で豊富な食材の宝庫”

しっかりと記憶に残せたことは、幸せな1日であった(#^.^#)  と日記に書いたのだが
振り返ってみると感動、感激していたのはわ。た。し。だ。け。
















この記事のURL | ヴェトナム | CM(0) | TB(0) | ▲ top
★Sさん★
2008/10/05(Sun)
この年になっているのですから、私もかなりの人との出会い、別れを経験して
きた。どういう訳か偶然にも二人共寡婦である。
彼女とは、小、中学校の同窓生だ。私達の幼いころはどこの家庭もそんなに
裕福ではなくて、日本が頑張って成長しようと言う時代だった( ^)o(^ )

多感な時期に彼女と出会い、一緒に時間が過ごせたことは今も私自身の中
では大切なことの一つである。

彼女は才色兼備で、才気煥発の女性で有り、ユーモアーもあった。何時も
委員などして、わたしの羨望の的であった。もっとも、これは私だけの問題で
彼女は歯牙にもかけていなかっただろうし、そんなことすら、知らなかった筈。

高校から全く違う道になった。優秀な彼女とは違って、私は私立の女子高で
適当な学生生活を送っていた(~_~;) それから、音信不通になり、再会できたのは
同郷の大学病院だった。私は出産後で彼女は妊娠中。不思議な縁であり時間を
忘れて、おしゃべりをした。

そのころの私は札幌に住んでいて、出産のための里帰りだった。それからは時々
文通などもあったが、私が上京する時は決まって連絡し、多忙な彼女の時間を
貰って楽しんでいた。彼女は溌剌としてキャリアーウーマンをやっていた(^u^)
本当に違う世界の人のようだった(・_・;)

だって、私は専業主婦で有り、元来、余り人が好きでないから、家庭の中だけが自分の
居場所であり、狭量な考えだけで生きていたからだ。故に、沢山の影響を受けた(*^^)v

それから、少しして、彼女のご主人が癌で亡くなった。まだ、30歳位の若さであり
3人の子供を残して逝ったのです。病室からメモ用紙に切々と綴られた手紙を見て
どんな思いで書いたのだろうかと思うと切な過ぎて、どうしても、どうしても心が迷い
返事が書けなかった(>_<)

何を言っても、慰めにはならないと思ったし現状の私の生活からは想像することが
出来なかったからです。それが今でも心の(しこり)となって残っている(ー_ー)!!
多分、私は自分の幸せの上から逃げていたのでしょう・・・・・!(^^)!

   後年、私も夫を癌で亡くすなど・・・・想像もしていなかった。(>_<)

それからは、似通った人生になって、こころが少し近くなった気持ちがしたが・・・・
私とは違って彼女は才能豊かだったから、上手に人生を歩いていたと思う。
勿論、他人には言えない(苦痛、寂しさ、口惜しさ)は持っていたと思うが・・・

それに比べて何も世間が分からず、突然に大海に放出されたから、頑固で
神経質、他人を信じられない性格の私は正直、しんどかった(;一_一)
でも、そんな私だけれど、気の強さと大胆な性格は備わっていたのか・・・(?_?)
結構、図々しく現実を受け入れることができたのは、就学児童がいなかったせい。

 ” いや、そうせざるをえなかった!!そうしないと生きて行けなかった(-_-メ)”

が本音で、これは彼女もきっと、同様だと思う。ただ、私の場合は子供が成長
していたので、彼女ほどの緊迫感はなかったからかも知れない・・・・

それでも、何処かで、心が通じていられたのは彼女の”、類稀なる頭のよさと
人間が好きという感覚と許容量の大きさだろう”と思ってる(*^_^*)

私は絶えず愚痴を聞いてもらったり、忠告してもらったり、一歩も二歩も先を歩いて
居る彼女にどれだけ助けてもらったかしれない。いつも感謝している<(_ _)>

その彼女がヴェトナムに来てくれたのです。凄く凄く嬉しかったヽ(^o^)丿

       10日間、彼女と一緒の生活が始まった(●^o^●)

これから先のこと、老いることの準備、受け入れること、過去の話、女としての
生き方などなど、まあ、さまざまのテーマーで2人は夢中になり寝る時間さえ
忘れるほど話をして飽きることがなかった・・・・・(*_*)

彼女との時間は私を驚嘆させるには十分すぎる刺激であった(^_^;)
息子の国際結婚とヴェトナムという国での生活で、かなり神経が参っていたし、
底辺まで落ち込んでいた私の“鬱”状態を引き上げてくれる起爆剤になった。

    それだけに、彼女の来越は本当に嬉しかったのです(^_-)-☆

彼女には本心深謝している。人は(落ちる所まで落ちたら上がればいいのだ)と
そのことに気ずかせてくれたからである。

     ((そのことは今も心の支えになっている。))











この記事のURL | ヴェトナム | CM(0) | TB(0) | ▲ top
| メイン | 次ページ