にわたづみ
2016/08/05(Fri)
☆ベトナムのニュースを・・
本当にびっくりしました。5月に行った時は未だ工事中でしたが
7月30日に《高島屋》がホーチミンに開店したのです・・(@_@。

ご存じのように《高島屋》はシンガポールで大成功を収め次は
台湾での話を聞いていましたが・・( ^^) _
一早くホーチミン市内のど真ん中にサイゴンセンターと同時に
オープンしたのです・・(@_@;)

《高島屋》はSIGON CENTER PHAS2に併設され43Fもある
巨大なビルと同時に開店したようです!

地下2Fから地上3Fの5フロアーだそうで、ビルの上はオフィス
と、サービスアパート200ユニットが完成されたという話です!

ベトナムも次々と変貌して・・数年行かないと道に迷うという乱立
ぶりの都会になってしまいました・・\(◎o◎)/!

本当に凄い世の中になりました!私が見ていた貧困と富裕層の
格差の時代からは想像もできません・・(-"-)
スポンサーサイト
この記事のURL | ヴェトナム | CM(2) | TB(0) | ▲ top
にわたづみ
2016/07/16(Sat)
☆ベトナム料理〔南部〕・・
あんなに食べたかったベトナム料理でしたが・・今回は連れの
彼女が食中りしたため殆ど何も食べることができなかった!
それが・・《残念!》

それで食べたかったものを・・ははははは
①チャオ・トム
 簡単に見えて、とても手間のかかった料理です。トムは蝦の事
 でいわゆる日本のさつま揚げみたいなもので蝦で作っている。
 日本と違うのはさとうきびの茎に巻き付けて蒸し、更に炭火で焦
 がさないように焼く。  蝦に豚の脂を混ぜるためとさとうきびの
 甘味が焼くことで丁度いい味に仕上がり美味しさも格別・・(*_*)
 割合大きくて5本ほどありますので・・数人でも食せるかなぁ!

②ドーハーイサーン{シーフード}
 これは種類が沢山あって書き切れないので、数種類だけ!

。トムカン・ヌオン
 蝦を焼いたものなのですが、ベトナム人は蝦が大好きで・・養殖
 されている事はご存じだと思いますが・・市場に出る量も半端で
 はなく凄く大きくて安価なので吃驚します・・(@_@;)

。トムスーハップヌオックスーアー
 蝦のココナッツジュース蒸し
 蒸された蝦はとてもジューシーで柔らかく、主に南部で好まれる。

。クア・ザンメー
 蟹のタマリンド(マメ科の植物)で酢のものに使用します。
 砂糖なども入れるため甘酸っぱくて蟹肉との相性は良く美味です。

。コンソーヌオン
 色々な貝を焼いたもので、上からピーナッツを粉にしたものを載せ
 食します。ヌクチャムにつけて食べる。

まー切りがないのでまた、時々書きますが、魚や野菜、香草などは
本当に新鮮で美味しく食べられます。殆どが日本人でも食せる様
な薄味で・・それに好味の味に自分で作って食べることが出来る・・
これが美味しく素敵な所かも知れません・・(*^_^*)
食べる事が大好きそして好き勝手に何処でも何時でも食べている
ベトナム人を見るだけでも・・面白いです・・うふふふふ
この記事のURL | ヴェトナム | CM(2) | TB(0) | ▲ top
にわたづみ
2016/07/15(Fri)
☆久しぶりにベトナム南部のホーチミンは・・
以前にも書きましたが・・身体の事もあって(血圧や心臓)への
負担が暑い国では少なく調子が良いので、住む条件として決
めた理由でもありました。

また、1人身で自由だった事と息子がベトナム人と結婚した事
も要因の中にはありましたが・・個人的には矢張り身体だった
のです・・( ^^)

それに食べ物が美味しいと言う話は行く前から山ほど聞かされ
ていたから・・{今は殆ど食事は食べられなくなったが・・(-"-)}
その頃は若く食べ物に引き摺られるように・・ベトナムと言う国へ
の憧憬がありました・・あはははは

何より屋台、リヤカー、自転車など・・はたまた、売り声を発して
来る天秤棒担ぎの小母さん連中の強烈なお喋りに圧倒されて

そして不思議な感覚で余り清潔ではないその作られた物を食す
る時の幸福は例えようもありませんでした・・\(~o~)/

何処の角には何やがあるとか?ある程度判ったのは数ヶ月も経
ってからでしたが・・そこへ行けばあの味に出合えると思うと心が
騒いだものです・・うふふふふ

毎日、市場へも行きました、カンボジアの市場と違うところは朝が
とに角早く、働き者です。凡そ売る商品にもよりますが・・午前の
早い人は色々と種類のある物は午前2時頃から作り始めます。

傍には大抵、小学生位の子供が手伝っているのが普通です。
そして、4時過ぎると両方の籠に入れて天秤棒を持って歩き大体
決まった場所で売り切れるまで売っている!

母親が留守の間は小学生は色々な物を作った鍋や釜、調味料
など細々したものを懸命になって片ずけ洗って干していました!
それが毎日ですから・・凄い・・(@_@;)

母親の腕次第で今日の食事が変化する生活だったから・・子供も
真剣に手伝っていましたが・・(--〆)
売り切れるまで帰宅はしない・・また熱々の物は天秤棒のどちらか
に練炭を積んでいてそれで温めていました!

父親は殆どが寝ていてバイクタクシーを頼まれると動きだし、母親
が公安に捕まったりすると交渉する係をしている人が大半でした。
腕のある人は父親が商売をしていて家族が手伝っていた・・(-_-)

終日、トランプや賭け事をしている人もいて・・男性は結婚して子供
ができれば母親が生活費を稼ぐのを当然と思っている気がして・・
何処の家でも邪魔もの見たいでした・・ははははは

前回〔5月〕行った時は屋台も殆どなく天秤棒担ぎの小母さんも既に
廃止されていたのか?ホーチミン市内には殆ど見る事は無かった!
それだけ豊かになったのかも知れません・・だと嬉しい・・(*^_^*)
この記事のURL | ヴェトナム | CM(3) | TB(0) | ▲ top
にわたづみ
2016/05/24(Tue)
*ベトナムは花盛り・・
発展途上国としてはベトナムは最高峰にいると思います・・(@_@。
サイゴン川の周辺にいた水上生活者も全く影を消していました。
そこは土手が壁のようになって・・嘘のようにしっかりと川の水を
遮っていました・・\(◎o◎)/!

道路にも中央分離帯ができていて・・また、信号で停止すると言う
当然のことが全くなかったバイク軍が停止信号で並んでいる姿は
私的には凄く不思議でした・・あはははは

その上庶民生活が豊かになったのだと思います。殆どの家庭に
冷蔵庫、エアコンが普及していると言います「わー吃驚した!」

国道をトラックやバスが強烈な音で通過するのを毎日聞いていた!
それが殆ど無くなっていて、割合スムーズに車が流れMAXで鳴ら
していた音響が消えていました・・これにも吃驚しましたねぇ!

バスは日本の様に行先が電光掲示板のようになって流れるように
光っていて・・これも驚いた事です・・(@_@。

私が住んでいた頃はバスは車掌(男性)が乗り車内もぐちゃぐちゃ
で混み、彼が方向を指示して運転手が物凄い騒音で「そこのけ!」
状態で通過するのが普通でしたから・・丸で嘘のように指示された
道を静かに走っていました・・\(~o~)/

何時も綺麗にされている公園や道路も、大勢の職員が立ち働き
緑や花々を絶やさないのは以前と全く同じでしたが、絶えず大声
でお喋りしていた小母さん連中がいなくなって・・(*_*)
懸命に働いている姿に虚をつかれた光景がして、あの騒然とした
煩いベトナム人が少なくなっていたのですから・・びっくり!!

        『これは本当に驚倒しました・・(@_@;)』

中心街ではノン・ラを被って頬被りした小母さん連が果物や、食べ
物を売り歩く姿も消えてしまって・・少し寂しく感じました・・(-"-)

さて、2日目に一緒に行った友人が椰子のジュースに中って夜中
に起こされ・・仰天するやら寝不足で本当に参った・・(;一_一)
「酷い下痢をしてる」とか言われた!

連れて来ている以上は私が面倒を看なければならなかった!
朝、約束していたベトナム人に電話で薬を購入して来て貰い
ホテルに事情を説明して、お粥や、少しの温かい野菜を貰って
きて食べさせた!『薬が強烈なので・・( 一一)』

ベトナムの薬は日本人には強すぎるのです!1回飲むと数時間
で下痢が止まったらしく?まーすっかり元気になり「出かける!」
とか言うので・・一寸言い争いになった・・(×)”

だってあんなに心配かけて私を真夜中に起こし振り回しクタクタ!
にさせたのに・・眠っていないから私は血圧が異常に上がってた。
心配して気分も悪かったのに・・「出かけたい」とか我儘を言うの
で「1人で行って来て!」と言ったりしたんです・・(-.-)

私も意地悪だったが大病の後だし私は自分が大事だったし連れ
て帰国する責任があったからです。しかし、矢張り、そこは諦めた
らしく2日目は散々だった・・とほほほほ

 ▼予定も狂ったし・・食べたいものも食べられなかった・・(/_;)
   まー仕方ない事でしたが・・がっかりしたのも事実です・・▼

夕方まで眠て様子を見てから外出することになったが「パンが
食べたいとか?」我儘勝手を言うので『雨季』が始まったばかり
のベトナムの雨の中を走って濡れながら探しに行って買ってきた
私もお人好しですが・・うふふふふ

「あーもー2度と彼女と旅はしたくない」とか思った・・ははははは
どう言う人か?解っていたし以前にも台湾で酷く嫌な経験をした
のにー断れなかった私が悪かったのですから・・仕方ない!

まー難しいです。裕福な彼女が当然と思う事は私には普通では
無いことだし・・私を「お母さん」と慕うベトナムの娘たちは仕事も
休み、楽しみにしていてくれたのを夜まで待たせた・・(-_-)
また、遠くから会いに来てくれているのを夜の食事で我慢して貰
った私の心情などはお構いなしだった!

ずっと1人暮らしで1人で旅をして来た私にはそんな風に甘えた
り当然の様に利用されることに慣れていないから異常に腹立た
しかったのかもしれない・・わはははは

それでも何とか夜にはレストランで皆と食事してホテルへ戻った
ので安心しましたが・・(*^^)他人とはいえ幼馴染でも環境や生活
が違うと旅をすると我儘になるのかも知れません・・うふふふふ

まーそんな事も今回有って・・一寸苛立ちもありましたが・・もー既
に本人はけろりと忘れているようで「また何処かへ行こう!」など
とTELして来た・・(-_-メ) 「やれやれ、これも老化の1つかも!」

私は最初は個人で行く予定だったから、カンボジア人の結婚式も
ベトナム人の友人も「お母さんの友達?」と言う理由で特別扱い
をしてくれたのを彼女は勘違いしたのかも知れない・・(・_・;)

まーアクシデントは未だ未だ有って飛行場でも驚かされたが・・
それは又の機会に・・旅は楽しく面白く終わりました。
この記事のURL | ヴェトナム | CM(3) | TB(0) | ▲ top
にわたづみ
2016/05/23(Mon)
*ベトナムの変貌・・\(◎o◎)/!
私が初めて来越したのは2000年ですから・・今考えるともっと
時間が経っていたのだと思いました・(@_@。

{ホーチミン市}と呼ぶのが未だ何となくぎこちなく{サイゴン}
と言う方が通り良かったころでしたねぇ!

あれから7年ベトナム暮らしがあり・・またカルチャー・ショックや
想像できない無礼〔日本的に)や慣習に巻きこまれどうにも息苦
しくなって一時帰国もしました・・うふふふふ

数年は日本で1人で住み、また出かけると言う状態になった。
所がその内ベトナム生活の方が慣れてきて・・友人も知人も
市場の人々とも仲良くなって「ここにずっと暮らすのも老後は
いいかも?」と思っていたのですが・・それには私自身の身辺
整理、心の裁断が必要でした・・(-.-)

断舎離をしなければならず本当に思いきって結婚生活に使用
していた家具から家電、衣類、趣味で集めた物やあらゆる物
を手放しカンボジアへ行くことに心を決めました・・(@_@;)

カンボジアは想定外でしたが・・息子の仕事が急にカンボジア
に転勤になったので「おかん!どうする?ベトナムで今まで通り
1人暮らししてもいいよ!」

所がこの婆さん好奇心いっぱいで・・まして荷物もスーツケース
1つで動けるようにしていたので[ほいほい!]と彼の口車に乗せ
て貰って・・2部屋を別個で探し、新築の家が隣同士であった!

1度で決めて・・そこに入ることになったのがカンボジアで生活
するきっかけになりました・・(@_@。

さて前振りが何時も〔頭が悪く〕長くなりますが・・
ベトナムの今は猛烈に稼働しています・・(@_@;)とにかく地下鉄
が5年後に出来るようで・・それも日本が参画している話でした。
既に工事は始まっていて長く行かなかった街中ですが相変わら
ず道を間違えて何度も行ったり来たりしました・・あはははは

弁解ではありませんがそれ程大きな建物やフードセンター大型の
スーパーなどが増加していてそのど真ん中に地下鉄工事の囲い
ができていた。そののせいか?殆ど解らなかったのです・・矢張り
弁解ですねぇ・・くっくっくっ

まー友人も私の愚鈍さと方向音痴を知っているので何もいいま
せんでしたが〖心の中では何してるの?〗的な感覚はあったと
思います・・(-_-;) 「あーあー」

友人が和食の店を共同で経営しているので(ベトナム人)そこへ
行きたかったのですが・・凄いですね!お迎えにセキュリティの
小父さんを雇用していて、彼はホテルまで迎えに来てくれた!

鉄道の方はホーチミン市からハノイまで30時間をかけて行ける
のですがそれは、中国の鉄道会社になった様で・・何年後か?
は把握出来ないという話でした・・(@_@。

道路はあのご存じの猛烈なバイク群がかなり減って車が台頭し
ホーチミン市は凄く発展していました・・(@_@;)
驚きと共に複雑な感じがしました・・私にとっては!

『猛烈な勢いでした。若い国の力は素晴らしい!』・・\(~o~)/
ベトナムは【雨季】に入っていました・・これも吃驚でした。
この記事のURL | ヴェトナム | CM(4) | TB(0) | ▲ top
| メイン | 次ページ